闇に光る一閃 2

〜はじめの一言〜
まだ戦わないけど。
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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副長室へ戻ったセイは火鉢の上に網を乗せた。土方は駕籠に山盛りになっている黒い饅頭を見ているだけでどうにも気持ちが悪いらしい。背後の総司に適当な相槌を打ちながら再び文机に戻っている。

「このおいしさに見た目だけで気持ちが悪いなんてねぇ」
「馬鹿。俺はなぁ、見た目も大事だって言ってるだけで」

ぶつぶつと文句を言っている土方をよそに、セイは火鉢の上に乗せた網の上で半分に割った饅頭をこんがりと焼き始めた。

「あの茶店のご主人、存外若い方でしたよ。錆蔵さんってって言って、たぶん永倉先生と同じくらいじゃないかと思いましたけど」

セイが、饅頭を転がしながら今日立ち寄った時のことを話す。その時に、出来立てではない時の饅頭のうまい食べ方を教わってきたのだ。

「そんなに若い方でしたっけ?」
「ええ。沖田先生もこの前はあんまりはっきりとはみてらっしゃいませんよねぇ?私もそうだったんですけど、今日、ご主人の方があの時のって覚えていらして恥ずかしかったです」
「恥ずかしいって何したんだ?お前」

セイと総司の会話を聞いていた土方も余裕に任せて話に食いついてくる。セイからこの前茶店に立ち寄った時に、総司が店の饅頭をすべて食べてしまったことを聞くと、土方が呆れ返った。

「これを?!店にあるだけ全部?!」
「はい。たぶん、三十いくつは召し上がってました」

ただでさえ甘いものにあまり興味のない土方は、三十も並んだ饅頭を想像するだけで、うぷ、と口を押えた。それはそうだろう、とセイもその反応に頷いてしまう。
しかし、総司はけろりとして不思議そうな顔をする。

「だっておいしかったんですもん」

いくらおいしくても、饅頭は決して一口大の大きさではない。どちらかといえば大きめで子供の拳くらいはある。げんなりした顔の土方とセイには全く関知せずに、総司は網の上でこんがりと焼けていい匂いを漂わせた饅頭に釘付けである。

頃合いを見計らって、セイが茶を淹れると程よく焼けた饅頭を懐紙に受けて総司と土方にそれぞれ差し出した。

恐る恐る口にした土方がおっ、と思わず感嘆の声を上げる。

にこっと顔を見合わせた総司とセイは、次の総司の分としてもう一つ割って焼き始めた。

「確かに、この色はいただけねぇがうまいもんだな」
「でしょう?土方さんのお墨付きなら間違いないですね」

確かに、総司ならば甘味というだけでうまいといいそうだ。セイは残りを風呂敷に包みながら、網の上の饅頭を転がした。

「ついてましたよね。たまたまあの通りに行ったからで、あのあたりは巡察路には入ってないですもん」
「そういえばそうですね。あのあたりは所司代の受け持ちとの境ですから、あまり近づかない場所ですし」

話をきいていると、場所としては新選組の受け持ち区域の際にあるらしい。ふむ、と話を聞きながら土方は、食べかけの饅頭をしげしげと眺めた。

二つ目の饅頭に手を伸ばした総司は、土方をちらりと見る。

「どうかしました?」
「いや……。そんな外れたとおりにうまい店か。おい、神谷。その茶店大きいのか?」
「いいえ?小さな通り店ですよ」
「ほお。じゃあ若い店主が勉強中というところか」

頷いた土方の目の前で、総司が三つ目の饅頭を網の上に乗せて焼きにかかった。いつの間にかセイがしまった風呂敷包みから取り出したらしい。ため息をついて風呂敷の隙間をきゅっとしまった。

恨めしそうな顔を見せた総司には構わずにセイは饅頭を乗せた籠を持って賄へと下げてしまった。

 

 

その頃、早めに店じまいした茶店の店主、錆蔵は店をたたんだ後、狭い通路を奥へと入っていく。そこはいわゆる町屋の奥になっており、思ったよりは広い一軒家が建っていた。

からからと引き戸を開けると、奥まった場所だけに周囲を気にすることなく中へと足を踏み入れると、なぜかそこには人の気配があった。

「早いな。錆蔵」

奥には数人の武士がいて、その中から一人が水を飲みに出てきたところだった。手にしていた手拭を握り、頭を下げた錆蔵はじろりと視線を武士らに向けた。錆蔵の家に出入りしているといってもそのほとんどは名も知らぬ。

奥から錆蔵という名が聞こえたのか、恭之介が顔を出した。

「早かったな」
「恭之介」

町人の錆蔵が浪人とはいえ武士の恭之介を対等に呼び捨てにしている。それを怒るわけでもなく、先に出てきた男が水を飲んで奥の部屋へと戻っていくのを見送ってから、二人は台所の奥へと身を寄せた。

「どうだ?集まり具合は」
「あまりよくはないな。ほとんどが腕に覚えがあるといっても大したことがない連中ばかりでいかん」
「その腕を見るには道場もないものな」

錆蔵の言葉に難しい顔で恭之介が頷く。ここひと月あまり、恭之介は人集めに奔走していた。錆蔵はその隠れ蓑と目印に茶店をやっている。

「奴らの巡察路はだいたいここ一か月で把握したからな。後は人集めと、決行日を決めることになる」
「やれると思うか」

錆蔵の言葉に恭之介は何も返さない。夕暮れ時の茜色の光が見える表に視線を向ける。

「まさに血の色……だな。俺達の流す血なのか、やつらの血なのか」

今度は錆蔵が黙り込む番である。

恭之介とともに、浪々の身ながら勤王の志士として活動するようになって、市中に溶け込むために、錆蔵は町人になった。刀を捨てることで、地にもぐり、新撰組や幕府方の動向を探るために動き出している。恭之介とは同門だったために、いまだに対等に話ができる。

「今、俺達ができることはそう多くない。だが、同じ志の者達が少しでも動きやすくするために」
「仲間たちの恨みを晴らすために」

頷きあった二人は互いに奥の部屋にたむろしている者達を思った。ともすれば、奴らも、名も知らぬ連中だ。
作戦のために彼らを切り捨てることもあり得る。

―― 新選組のやつらを斬るために

 

 

– 続く –