闇に光る一閃 3

〜はじめの一言〜
まだ戦わないけど。
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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巡察に出ていても、新選組という集団として認識しているだけに、彼らはそれぞれの顔を覚えることまではしていない。

そして、目印としての茶店だけに錆蔵は新選組の噂を仕入れることはしても、その人物と結びつけることはほとんどしていない。その目当てが決まっているからだ。

近藤勇。新選組の局長と副長の土方歳三。

頭を潰せば新選組といえど、組織を存続するのは難しいはずだ。彼ら二人が一緒に行動するのはひどく限られており、黒谷へと向かう場合や揃っての呼び出しを受けない限りは、極力避けているのは当然といえる。

月の決め事で黒谷に向かう日を狙うか、おびき出すか、偶さかの機会を狙うか。

それだけのことで、隊士達に主を置いてはいないところがこれまでの襲撃者たちとは違っていた。だからこそ、総司にもセイにも気づかなかったのだ。

一番隊組長、沖田総司。
一番隊、神谷清三郎。

どちらも名前を聞けば間違いなく錆蔵は斬りかかるだろう。間違いなくそれだけ名の知れた二人なのだ。

「ねぇ、神谷さん。残りのお饅頭食べたいです」
「今日の巡察から帰ったら差し上げます」
「本当ですか?!何個くれます?」

まるでおやつを求める姿が子供かと言いたくなるほどで、セイが苦笑いした。こうして聞いている限りでは、このところ不逞浪士が増えたために危険の増した巡察もおやつをもらうための出来事に聞こえてくる。

「帰ったら考えます」
「えぇ?!神谷さん?今考えましょうよ、すぐ考えましょうよ」

とてもこれから巡察に向かう隊の組長とは見えない有様で、大階段に向かうセイの後を総司がついていく。山口達は、毎度のことに驚かないが、他の組の隊士でも新参者はぎょっとして振り返る者もいる。

「あのー。沖田先生。お願いですから隊部屋の外でそういう態度だけはやめていただけないかと」

苦笑いを浮かべている山口にそう言われると、しゅんと頭を下げた総司が恨めしそうな顔でちらりとセイの方へと視線を向けたが、セイは知らぬ顔で腰に刀を差している。

がくりと肩を落とした総司に、相田達が苦笑いを浮かべて慰めながら一番隊は巡察へと出発した。

隊列を組んで歩く中、決まった巡察路の中で旅籠や商家、町役に声をかけて歩く。異常はないのか、それぞれ主人や、顔人と話をすると、毎日の事だけになにがしかの変化は結構気が付くものだ。

「じゃあ、ご主人。どうもお世話様でした」
「へぇ。ご苦労様でございます」

にこやかに頭をさげていても、腹の中で何を考えているのかわからないのが京の人々にはよくある。この日も、一見はいつも通りのにこやかさだったが、小さな旅籠の主人が総司と会話を交わした後、一瞬、二階への階段に向かって視線を向けた。

客が出入りする時間でもなければ、降りてくる気配があったわけでもない。

総司を見てしまうのはいつもの事なのだが、こうして総司を見ていると、ついでに話をしている相手のことを見ることになり、余計なことに気づいてしまう。
一度目は違和感を持っただけで気づかなかったが、挨拶をして店から一番隊が出ると、セイはさりげなく総司の隣に立った。

「沖田先生。二階に何者かがいたかもしれません」
「ご主人がどことなく落ち着かないようでしたが、よく気が付きましたね」
「一度、先生とお話された後にちらっと二階への階段を見ていました。誰も降りてくる気配がないのに二階を気にしている様子だったので」

旅籠は比較的新選組には良心的な方ではある。主人の様子からしてもはっきりとしたことは言えないが、何者かがいることだけは確かだろう。しかも、今宿屋の上にである。

半町ほどゆっくりと隊列を進めた後、いつもは入らない小道に曲がる。すぐ隊列は崩れて総司の元へと隊士が集まった。

「どうやら旅籠の二階に何者かがいたようです。ご主人の様子がおかしかったので、少し様子を見ましょう。半分は旅籠の裏へ回ってください。半数は表に。新選組の巡察があったということで表に出てくるかもしれません」

このところ、小さな不逞浪士の集団に出くわすことが増えていた。いずれも少人数で一度は逃げようとするが、見つかれば当然向かってくる。
総司達が予想した通り、しばらくすると、慌ただしく荷物をまとめた浪人者らしき姿の男が二人、追い出されるように旅籠から出てきた。

あたりを伺いながら通りに出た男二人に向かってすっと総司が歩き出した。

「すみません。そこの方、今旅籠から出ていらっしゃいましたよね?生国をうかがってもよろしいでしょうか?」
「くそっ!!」

当然、総司も片手は刀の鯉口に添えてはいる。話しかけながら、軽く片足をひいたところに男達が荷物を地面に投げ捨てた。総司が刀に手をかけて抜ききらないうちに、両脇から山口と相田が、総司の足元からセイがはじかれたように飛び出した。

「いやぁっ!!」
「動くなっ」

一人は後ろを向いてほかの隊士に向かって、総司が話しかけた方の男は総司に向かって刀を抜いたが振り上げたところで動きを止めた。
山口と相田が後ろ向きの相手の足へと軽い傷を負わせ、刀を受ける。総司に向かって振りかぶった男の首筋にセイの刀がぴたりと添えられた。

「子供?!」

ちっと舌打ちしたセイが男の向う脛を嫌というほど蹴りつけた。その勢いで態勢を崩した男がセイに向かって崩れかかる。

「あっ」

まだ刀をぬいたままの男とその男の首筋に刀を向けていたセイが、互いにまずい、と思った瞬間、総司が割って入り、男の腕をひねり上げた。

「何をやってるんですか、まったく」

すぐに集まってきた隊士が総司から男を受け取って、縄を打っていく。取り上げた刀を男の腰から引きぬいた鞘に納めて総司がじろりとセイを睨みつけた。同じく、刀を納めたセイは、頭を下げた。

「申し訳ありません!」
「冗談じゃありませんよ。子供だと言われて蹴りつけたのが原因で怪我やともすれば死にましたなんて、そんな馬鹿な話ありません。腕を上げたと思い上がっているんじゃありませんか?」
「申し訳ありません……」

眉間に皺を寄せた総司は、素早く指示をあたえ、縛り上げた男達は大した情報も持ってはいなさそうだったので、そのまま番屋へと連れて行くことにした。ほかの者達は、隊列を整えて再び巡察に戻る。

山口が総司の代わりに番屋に向かう隊士についたので、セイはその場所に入った。歩き出すとひそひそと隣を歩く相田が囁く。

「ついてなかったな。神谷」

セイが答えようと口をひらきかけたところに総司がちらっと振り返った。

「無駄話をしている暇はありませんよ」
「申し訳ありませんっ」

再びセイが頭を下げて、歩き出した。相田がそっと片手をあげて詫びてきたが、セイは小さく頷いただけで、何も言わなかった。

 

– 続く –