闇に光る一閃 6

〜はじめの一言〜
しゃきーん、きらーん、ズバッ。時代劇風の効果音をつけたくなります
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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宙と飛んだ提灯が道に落ちて燃え上がる。その灯りで少しだけ真っ暗な細い路地が明るくなる。

「はぁっ!」

確かに正面にいた男はそれなりに腕は立つらしい。両脇に散った男達へと向かった隊士達の幾人かが男へも刀を向けるが軽くあしらって総司へと向かってくる。

「お強いみたいですね」
「アンタもな」

総司の突きを交わした男に、すうっと息を吸い込んで名乗りを上げた。

「私は新選組一番隊組長、沖田総司!」
「アンタが沖田か!同士の仇!」

左から右腕を狙ってきた相手に向かって、刀を握る手首の少し上のあたりを斜めに走った総司の刀がすっぱりと斬り飛ばした。

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

血飛沫が飛んで、男は斬られた腕を握ってすさまじい絶叫を上げた。両脇の男達は刀を振るったものの、次々と周囲から取り囲まれて取り押さえられた。

駆け寄ってきたセイが男の止血にかかると総司は周囲を見てから懐紙で刀を拭った。

「ふう。誰か怪我をした人は?」

いずれも皆相手を押さえ込んだ隊士達が怪我はないと言うと、セイが止血をした男に掛けた捕縄を受け取って、町方へといったん預けるために三人をまとめ上げた。
夜中に怪しい行動をしていただけに、新選組で取り調べるつもりではあったが、残りの巡察を捕縛した浪士連れで進めるわけにもいかない。

近くの自身番に男たちを預けると総司達は巡察へと再び歩き始めた。

 

暗闇の中で息をひそめていた錆蔵と、錆蔵の家に残っていた男達は皆固唾を飲んでいた。恭之介達が出て行ったところまでしっかり目撃されていればこの家にも踏み込んでくるかもしれない。
そう思って、二階の奥へと身を潜める者、得物を片手に錆蔵の店の方へと身を移す者。
皆が息を殺して成り行きを見守っていた。

一際高く、恭之介が叫び声を上げたのには意味がある。

『出てくるな』

俺の仇を必ず取ってくれと。生き延びて、作戦を決行してくれということだ。

目を閉じて、土間に直に座った錆蔵はじっと耐えた。今にも刀を手に斬りこんでいきたかったが、それでは何の意味もない。
恭之介と、恭之介が連れてきたばかりの浪人二人を新選組が引き立てていく気配がして、足音が去った後も家の中では物音ひとつしなかった。

それは近隣の家々も同じことである。

新選組の捕り物に遭遇したら、自分達にも類が及ぶかもしれない。そう思うと、余計に深夜の捕り物が近くで起こると皆、息をひそめてじっと彼らが去るのを待つ。
こればかりはいくら新選組が京の町の治安を守っているのだといっても、恐ろしいものは恐ろしいのだ。

まんじりともせず、土間に座ったまま朝を迎えた錆蔵は、家に残っていた男達に、それぞれ指示を出し始めた。これまで、目印の茶屋の亭主だと思っ ていた町人に指示を出されることに不満を見せる者達もいたが、錆蔵を知るほかの者達に恭之介の同門だったことを聞かされると素直に従った。

「いいか。恭之介が声をかけていた者達にもう一度声をかけてきてくれ。いつも近藤と土方が守護職邸へ向かうのは明日だ。明日の夕刻までに密かにここへ集まるようにとな」
「よし、わかった」
「他にも腕に覚えがある志士がいれば、同道してもいい」

頷いた男達は客を装って錆蔵の店から数人ずつに分かれて散って行った。また半数の者は通り庭から隣家へと渡りをつけて、あたりを伺ってから表へと散じていく。

一人残った錆蔵は、異様なまでに静かだった。
恭之介があの様で捕まれば、今日にも拷問の上、何も吐かなければ獄門か、うまく行っても、六角送りだろう。

もう生きて会うことなど叶うまい。

にこやかに客の応対をしながら、饅頭を蒸かす。ごく日常的なことだが、こんな些細な日々にも終わりが来る。その日は、明日の分の饅頭まで仕込みを行った。

最後の最後に、一つだけ黒ではなく、白い饅頭を作った。

「恭之介。これはお前の分だ。明日、事がうまくいったらお前に届けに行こう」

他の黒い饅頭とは別にして、錆蔵は饅頭をしまった。すべては明日の事だ。

 

 

昼過ぎに、一番隊は大階段の下に黒い隊服を身に着けて集まっていた。

「えへへ。久しぶりの隊服っていいですねぇ」
「神谷さん。久しぶりだからって浮かれない!」

くるくると隊服を着て動き回るセイに、総司がこめかみをひくひくさせて叱りつけた。単純にセイは浮かれているが、土方が一番隊を供に付けるということは襲撃の恐れがあるということだ。

「……貴女は留守居をしていなさいと言っても聞かないでしょうしねえ」
「は?なんのことです?」
「いえ。どうせ言うだけ無駄なのでなんでもないです」

ぷいっと背を向けた総司にぷーっとセイがむくれた。久しぶりに隊服を着て、総司とともにこうした供に点けるということは、セイには誇らしくて嬉しいことなのだ。

―― ちぇっ。格好いい先生が見られると思ってちょっと嬉しかっただけなんだけどさ

土方のように腕を組んだセイがふん、と鼻息も荒く大階段の上を見上げると、近藤と土方が語らいながらやってくるところだった。
毎度のことながら土方は、行きだけ駕籠に乗るために、二つの籠の前後を一番隊が警護して歩く。

市中を歩く黒い隊服にざわざわと町の中にはざわめきが起こった。恐れと、感嘆と、興味と、無関心。

京の町には様々な感情が渦巻いていた。
総司は周囲に気を配りながら黒谷への道を頭の中に思い浮かべていた。帰りは違う順路で帰る。今日ばかりは、土方も一行と一緒に帰営することになっていた。

黒谷につくと、一番隊は控えの詰所に通されて、皆、茶をふるまわれる。近藤達の用談が済むまでひたすらそこで時間をつぶし、帰りの護衛につく。
この日は、このところの不逞浪士の横行に会談も長引いてしまった。日が暮れようという頃になって、ようやく会談が終わると、夕餉をという会津藩の心遣いに皆が世話になることになった。

近藤と土方は家老職達と膳を囲み、一番隊はそのまま詰所の座敷で膳を囲んだ。

「すごい!豪華ですねぇ。沖田先生」
「ええ。ただし、貴女はお酒は飲まないでくださいね」

少しばかり出された振る舞い酒に手を伸ばしかけていたセイは、総司に待ったをかけられて振り返った。

「沖田先生?」
「隊服を着た酔っぱらいの貴女を担いでここから帰るなんてみっともない真似はしたくありませんからね」
「沖田先生!」

つん、と澄ました顔の総司にセイがむくれた。いつもの、本当にいつもの光景に不安を感じたのは、やはり剣に身を預ける時間が長いからだろうか。

虫の知らせとはよくいうが、総司は胸の内にざわめく不安を感じ取っていた。

 

 

– 続く –