闇に光る一閃 5

〜はじめの一言〜
土方さんって。かっこいいと思うわけですよ
BGM:Bon Jovi It’s My Life
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

籠いっぱいの饅頭も総司にかかればあっという間になくなる。賄の棚の片隅に、セイによって作られた沖田先生専用という棚があるが、ここがいっぱいになっていることなどほとんどない。

いつの間にかセイの知らない間にも食べられてしまった饅頭の乗っていた籠は空っぽのままで棚の中に納まっていた。

「あーあ。もう空っぽ……。籠返しにいかなきゃ」

ため息をついたセイの背後から小者たちの笑い声がおこる。

「ああ、神谷さんも大変やなぁ」
「まるで大きな怪獣のエサ係りちゃいます?おやつがのうなると機嫌が悪くなって、巡察の時も大変だとか」

いくらなんでも仕事と遊びの区別は恐ろしいほどばっくりと別れている総司の事だ。そんなわけはないのだが、そう思われているということが、そもそもいかがなものか、である。

「いくらなんでもそんなことはないよ。沖田先生、厳しいもん」
「せやから、その厳しい先生を菓子で操ってはる神谷はんも大変……っと」

急にわざとらしく咳払いした小者が慌てて仕事に戻っていく。何事かとみていると少しして土方が現れた。

「神谷、ちょっと来い」
「はい、副長」

ぱっと立ち上がったセイが土方の後について賄いから出ていく。懐から文を取り出した土方に、少しだけセイが困った顔をした。

「またお使いですか」
「そうだ。黒谷への使いだ。今日は返事をもらってきてくれ」
「副長。いい加減、私は小姓じゃないんですから、そこのところを考えて下さるとありがたいのですが」

わざわざ賄いまでセイを探しに来るくらいなら、ほかの隊士でもいいはずだ。
しかし、土方はどこ吹く風という風で軽く手を振るとさっさと幹部棟へと戻っていく。仕方なく、セイは一度、隊部屋へと足を向けた。

総司を見つけると、懐から預かった文を取り出して外出の許可を求める。

「ええ。土方さんから聞いてますよ。やっぱりあの人も神谷さんが信用できるから頼みやすいんでしょうね」
「そうおっしゃられても!また小姓に戻るのだけは勘弁してください!!」

どこか満足げな総司にふん、と肩をそびやかすとセイは支度を整えて屯所から黒谷へと向かった。確かにほかの隊士よりは遥かに、足を運びなれている。顔見知りの者さえいるくらいだ。

セイは文を預けると、返事を待つために顔見知りの藩士と軽口をたたきながら時間を過ごした。待っていると、返事だという文を預かり、再び屯所へと戻る。
その帰りにセイは、武士と連れ立って歩いている錆蔵を見かけた。

「あれぇ?」

錆蔵の身のこなしからかつては二本差しだったことはセイも薄々気づいているが、一度刀を捨てた者が、いくら旧知とはいえ、武士と連れ立って歩くということはひどく珍しい。

セイは、首をひねったが、全くないことでもないだけに、よほどの親しいものなのだろうと一人納得して屯所へ戻っていった。
副長室へと向かったセイは、返事の文を土方へと差し出す。

「おう。すまなかったな」
「いえ。返書はこちらに」
「よし。総司はいるか?」

文を開いて中を改めた土方が、声を掛けるとすぐに障子が開いた。総司がひょいっと顔を覗かせる。

「お呼びですか?」
「なんだ。早いな」
「神谷さんが戻ったと聞いたので、そろそろ呼ばれると思ったんですよ」

中へと入った総司は当然のようにセイの傍へと座った。土方は返書の文に目を落としながら、指示をだす。

「明後日の黒谷はお前ら一番隊についてもらう」
「承知しました」
「昼とはいえ、このところの有様じゃな」

確かにこのところの不逞浪士の多さではそれも仕方がない。今日は夜番にあたっている一番隊だが、巡察以外の仕事が多いのも一番隊だけに皆慣れていた。

 

 

夜になって、巡察に出た一番隊にいくらもしないうちに、夜歩きを装った町人姿の監察方の隊士が近づいた。

「沖田先生」

密かに囁く声に隊列は足を乱すことなく歩き続ける。先頭を歩く総司だけがすっと隊列の横についた。

「この先の家から浪人者が幾人か」

そうささやいた監察方の隊士がすぐに離れていく。動揺を見せずに、そのまま歩き続けて巡察路を少し離れた。監察の隊士が示した方向へと足を向ける総司に一番隊の皆は当然のようについていく。
その先は、錆蔵の町屋の裏手の側にあたる。

急に歩みを緩めた総司に従って、隊士達も歩みを緩めた。先と最後を歩く隊士が、手にした提灯をほんのわずか掲げる。

先の町屋からがたがたと戸板の動く音がして、暗闇の中で動く人影がある。三人ほど道に歩み出た人影を総司は視界に入れた。

影の様子からそれが武士であることは確かだ。

手を挙げた総司は先頭を歩く隊士から提灯を受け取ると一人で歩みを早めた。セイは、緊張しながら刀に手を添えて様子を伺う。
先を行く黒い影に近づいた総司は、普段通りの声音で話しかけた。

「すみませんが……。新選組の者ですが、お名前と生国を伺ってもいいでしょうか?」

ぴたりと足を止めた男たちは、足を止めたものの、振り返ろうとはしない。総司が提灯を高く差し出した。

「もし」

次の瞬間、三人の男のうち、両側の男が道の脇へと飛びのいた。真ん中に立っていた男が振り向きざまに、総司へと真横に斬りつける。
高く手にしていた提灯がばっさりと斬られて宙を飛んだ。

身を引いた総司が腰を落として刀を抜きはらう。腰間からきらりと刀が光った。
ひゅっと空を切って一撃は交わされる。
すぐに隊士達が刀を抜きはらって駆け寄ってきた。

「刃向うなら容赦はしませんよ」

腰を落として刀を構えた総司に相手は、一瞬刀を握る腕を止めた。両脇の男たちへは隊士達が向かっていく。

「刃向わねば、己の矜持が保てぬからな」

そういうと男は再び刀を構えた。

 

– 続く –