闇に光る一閃 9

〜はじめの一言〜
痛い・・・という声が聞こえてきそう。
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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錆蔵はセイが打倒されると、すぐに手を離して数歩、後ろへと身を引いた。

「神谷ぁっ!!」

誰かの叫び声が、目の前で起こった出来事を否定できるものならと言わんばかりだった。錆蔵は総司から目を離さずに、ひたと脇差を構える。

「身内の者でも斬るのか」
「私達の仕事は貴方のような不逞の輩を捕えることです」
「饅頭を……。もう、あんたに食わせる饅頭はねぇ」

錆蔵の目が鋭く光った。足元に倒れ込んだセイをよけるように総司から視線を外さず、脇差を手に回り込む。つ、と総司の爪先が向きを変えて、錆蔵を追った。

「逃がしはしません」
「それは俺の台詞だ!」

総司よりも短い脇差にもかかわらず、錆蔵は躊躇うことなく正眼に構え、大きく踏み込んでそこから打ち込むと見せかけて、半身をひく。一瞬の間に身を捻った錆蔵が左手から斬りかかった。

錆蔵に総司は迷いなく正眼から振り下ろした刀を突きこんだ。思いきり踏み込んだ右足を軸に勢いに乗せる。刀は錆蔵の肋骨の下から胸にかけて三度、沈み込んだ。

「がぁっ」

空を切った脇差が右脇の方へと振り切られたまま止まる。口元から大量に血を噴き上げた錆蔵が、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。その姿を見ていた残りの者達は、恐れをなして、その場から駆け去っていく

「く……そ。俺達、とお前らの差がどのくらい……、あるというのだ!」

切れ切れに錆蔵は脇差を握った腕を支えに顔を上げた。

「差ではありませんよ」

がくっと力尽きた錆蔵を冷ややかに総司が見下ろした。

差などではない。自分達は鬼なのだから。
ただ、違うのは何を心に抱くかだ。

それぞれ刀に拭いをかけて納めると、状況を確認した土方が、近藤と話をしている。捕縛した者達を皆、屯所で吐かせるために、連れて戻ることにしたために、二人ほど隊士が屯所へと駆けていく。

駕籠かきの小者達には怪我はなく、近藤が総司の傍へと近づいた。

「総司。神谷君を駕籠に乗せていくか?」

地面に倒れ込んだセイの傍に立っているのに、誰にも傍に近づけずに、指示だけを出して隊士達を走らせている総司の肩を近藤が叩いた。
ぱり、と触れた近藤の手さえはじきそうなほど、張りつめた総司は首を振った。

「いえ。大丈夫です。神谷さんは私が連れて帰ります。局長と副長は先に屯所へお戻りください」
「そうだな。あとは頼んだぞ、総司」

隊の半分を引き連れて、近藤を駕籠に押し込んだ土方がその場を離れる。応援を呼びに駆け戻った隊士達が呼んでくる者達と、途中で行き会うはずだ。
残った半数はその場にごろごろと転がされた者達の見張りと、死体の始末に追われた。

総司は屈みこむと、セイの首筋に触れた。流れた血が総司の指先につく。その赤い指をまじまじと眺めた総司は、その血に濡れた指先を口に含んで舐めとった。懐から手拭を出して、セイの首筋にあてると向きをかえさせて、セイの体を抱き上げた。

「沖田先生!遅くなりました!」

応援にでた三番隊と二番隊の半数に近藤と土方の警護を任せた一番隊と、残りの二番隊、三番隊の者達が駆けつけてくる。永倉に駕籠の警護を任せた斉藤は、総司が抱え上げたセイをみて、くわ、と目を見開いた。

「斉藤さん。後をおねがいしていいでしょうか」
「……わかった」

渋面の斉藤が渋々と頷くと、セイを抱えた総司はそのまま背を向けて屯所へと歩き出した。

総司が屯所にたどり着くと、そこは近藤と土方が襲撃されたということで大騒ぎになっていた。返り血を浴びて、セイを抱えた総司が歩いてくると誰もが声を掛けられずに、しんと静まっていく。

「沖田先生!神谷がいつも使う小部屋に支度をしておきました」

先触れに戻った隊士の一人が気を利かせてくれていた。怪我をした隊士達は、浅手だが刀傷だけに皆、病室で手当てを受けていたが、総司はありがとう、と言ってセイを小部屋へと連れて行った。

床が敷かれて、総司とセイの着替えと、湯桶の支度までしてあった。
セイを寝かせると、汚れた着物を着替えさせて、総司も着物を取り換える。湯桶で、手や顔についた帰り血を洗い流すと、手拭を絞ってセイの顔をきれいにする。

桶の湯が汚れたところで、一度総司は桶を抱えて部屋を出た。幹部棟の井戸で新しい水を汲むと、近藤が局長室から顔を覗かせた。

「総司」
「近藤先生」
「後は歳も俺もいるから神谷君についていていいぞ」
「……ありがとうございます」

ふわりと笑った総司に近藤はほっとして頷いた。総司が戻っていくのを見送ってから局長室に入ると、土方が難しい顔をしている。

「今のままじゃあいつは駄目になりゃしねぇか?近藤さん」
「そうだなぁ。だが、もうすでに遅いだろう?」

総司の様子を互いに囁き合ったところでため息をつく。
あれほど、人懐こくて、愛されたがりの総司が人を愛することを覚えたのかと。

「俺達は……。いや」
「なんだ、歳。言いかけて止めるなんて?」

からかう近藤に、土方は首を振った。
確かに、今更何を言っても遅いだろう。遠くから捕縛した者達を連れた隊士達が戻ってきた気配がする。号令をかけるために、土方は局長室を後にした。

 

新しくした水で、もう一度、セイの顔と、首筋の傷もきれいに拭き、薬を付ける。部屋には新しい包帯も用意されていたので、セイの首筋に丁寧に巻いていくと、眉をしかめたセイが呟いた。

「痛……」
「やっと気が付きましたか」

総司の声にゆるゆると目を開けたセイは、間近に総司の顔を見て、初めはぼんやりとしたまま嬉しそうに笑った。

「沖田先生だぁ」

ぼけっとしたままセイが呟いて、あっと目を見開いた。がばっと体を起こしかけて、激痛に再び布団に沈み込む。

「……っっぐ」
「いきなり起き上がったらそうなりますよ。あの人、相当腕が立つようだったので、思いきり打ち込みましたから、あばらの一、二本折れているかもしれません」

峰を返したとはいえ、錆蔵の腕前を思えば下手な手加減などはできなかった。思いきり打ち込んで、身動きしないくらいセイを打倒す必要があったのだ。

息が止まるくらいの痛みをやり過ごすとセイは涙目になりながらも、いてて、と呟いた。

 

 

– 続く –