塗香 後編

〜はじめの一言〜
シリーズものじゃありません。単発ですよぅ。
BGM:
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一気に顔を赤くしたまま、総司はセイを土方から引き離した。

「一体何をやってるんです?!」

怒気を含んだ声で、総司が繰り返した。気まずそうな顔をした二人がお互いの顔を見ないようにして、そっぽを向いているのをみて、ますます総司が苛立った。

「神谷さん?いつから貴女は副長の色小姓になったんです?」
「っ!!そんなんじゃありません!!」

冷やかな総司の声に、セイは涙目になって副長室を飛び出した。

「お、おい。神谷!」
「土方さんも、土方さんですよ。衆道はお嫌いなんじゃないんですか」
「ば、馬鹿野郎!当たり前だ!!」

憤慨する土方の言い訳を聞きたくないとばかりに、総司は用も忘れてそのまま副長室を出てしまった。言うだけ言ったくせに、飛び出したセイが気になって、後を追う気になったのだ。

屯所を出た気配はなく、建物の中をあちこち探し歩いた挙句、庭に下りてみた。幹部棟のはずれの方の庭で、セイがうずくまって泣いていた。
それを見つけた総司は、セイを探して歩きまわるうちに自分がかっとなってひどいことを言ったことをようやく冷静に理解できていた。

つい、あの時、土方とセイを見た瞬間、頭に血が昇ってしまったのだ。悋気だという自覚はないにせよ、それだけかっとなった自分が冷静な今になるとわからなくなる。

静かに、背後からセイに近づいて、声をかけた。

「神谷さん」

びくっと肩が震えて、先ほどの怒気を孕んだ冷たい声が、また何か心が痛くなることを言うのではないかと、つい身構えてしまう。

セイのしゃがみこんだ目の前に、総司は自分も袴をたくしこむと、すとんとしゃがみこんだ。セイの伏せた顔を隠した、前髪を撫ぜて、再びセイを呼んだ。

「神谷さん」
「な、なんですか。沖田先生」

目を赤くして、今にも零れそうなくらい涙をためた目が、総司を見た。その目に、そっと指を伸ばして、あふれた涙を指先で拭った。

「ひどいことを言ってごめんなさい」
「……~~!!」

くしゃっとゆがんだ顔から、再び涙があふれだす。抱えた膝にその顔を隠して、セイは泣きじゃくった。土方をセイが好きではないこともよく知ったうえで、色小姓呼ばわりしたのだ。

早く総司の元へ戻れるように、セイなりに精一杯務めているのに、総司にこんな風に言われるのは一番堪える。

「ごめんなさい、神谷さん。私、その……なんというか、頭に血が昇ってひどいことを言ってしまいましたね」
「なんで、沖田先生が頭に血が上るんです?」
「いやっ、それは、その、よくわからないんですけど、なんというか、その、むかっとしたもので……」

赤くなって、必死で謝る総司を見ていて、セイは少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

「なんでむかっとしたんですか?」
「そりゃあ……あっ、いや、その、そうですよ。だから、さっき何をしていたんです?」

総司は慌てて、話題を切り換えた。
ああ、といってまだ赤い眼をしたまま瞼をごしごしこすると、セイは朝帰りの土方から説明を始めた。

「それで、副長に似合う香をお渡ししたら、気に入っていたくせに尊大な態度をとられたので、返してもらおうと思ったんです」

ふと見ると、再び総司が眉間に皺を刻んでいる。

「沖田先生?」
「土方さんがどんな匂いをさせていてもいいじゃないですか」

それは明らかに悋気とよべるもので、総司は自分でもさすがに不機嫌の理由を理解しながらも自分にはそんなことをしてくれたことがないからだと、強引に捻じ曲げた。

「本当は、沖田先生のもあるんですよ?」

そういうと、セイは懐から、先ほどとは違って、きれいな木目の塗香入れを取り出した。土方に教えたのと同様に塗香入れの使い方を教えて、少しだけ自分の掌に落とした塗香を総司の首元へそっとつけた。

微かに爽やかな若い木のような香でさっぱりとした清々しさが漂う。

「心身を清めて穢れを払うというので……」

うっすら頬を染めて、セイは、本当は総司に買うことを思いついたのだと言った。しかし、話の大本が副長だったために、ついでに土方の分も買い求めたが、もとは総司のためだったと聞いて、総司もにっこりと笑顔になった。

「これは桜の木を使っているんです。沖田先生は桜がお好きだから……」

ふ、と笑った総司がセイの手から塗香入れを取り上げた。そして掌に向けて、こうですか?といいながら少しだけ香を出した。指先につけると、両の手をセイの首筋から耳のうしろへ這わせた。

「ひゃっ、ちょっっ、先生?!」
「ふふ、これでお揃いでしょう?」

悪戯っぽい眼をして総司がいうと、セイは真顔で答えた。

「いいえ、違いますよ。体温で温まったり、汗や自分の匂いなどで元は同じ香りなんですが、まったく別な香になります」
「ええっ、そうなんですか?」
「はい」

少し残念そうにして総司は手の中の塗香入れを持って掌で撫ぜた。丸みを帯びた容れ物は、掌にすぐになじむ。

「じゃあ、神谷さんの香、あとで確かめさせてくださいね」

あぶないことをにっこりと笑顔で言われて、セイは素直に頷いてから言葉の中身を考えてぎょっとしてしまう。
すうっと近寄った総司からと、自分に付けられた香が、総司の香となって香りにむせかえりそうだった。

 

– 終わり –