続々・湯気の向こうに 2

〜はじめのひとこと〜
土方先生による保健体育の授業ですw

BGM:
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再び黙り込んだ総司に、土方が怪訝な顔を向けた。

「お前なぁ。いいから相手がどこの誰で、何をどうして、お前はこれからどうしたいんだ」

しびれを切らした土方が畳みかけてきて、総司はぐっと言葉に詰まった。まさかに、相手がセイだとは死んでも言えるものではない。
何をどうして、とはつい流されましたなんて言えば、何を言われるかわからないわけで。

―― どうしたいなんて……

ぐるぐるぐる、と音がしそうなくらい悩んでいる総司に土方が天を仰いだ。

―― いくら野暮天にしても誰だ、こんな奥手に育てた奴……って俺と勝っちゃんか

頭を抱えてしまった総司に土方は落ち着いた口調で話しかけた。

「一つ一つ言え。相手は誰だ」
「……言えません」
「ふん……。なら、その相手と何があった。抱いただけか?」
「だけって……ごにょ……」
「やるこたやったんだろうが。んで?気を遣ってんのかなんかしらねぇが、まああれだ。外にでも出したんだろ?満足させてやったんだろうな」

本人はそんなつもりはなくとも、じろりと土方に睨まれた気がして、真っ赤になった総司はふるふると頭を振った。

「そそそそそ、そんなこと私にわかるわけないじゃないですかっ!!」
「情けねぇ奴……。まあいい。それで?どうするつもりなんだ、お前は」
「どうするって……。嫁になんてできるわけがありませんし、そのつもりもないので……」

ぼそぼそという総司に今度こそ土方の目が厳しくなった。
確かに奥手で野暮天で、それは仕方がないだろう。だが、素人娘相手に不誠実な真似をしたとなれば男として、武士として許せなくなる。

「なら遊びか」
「違いますっ!!私はっ」

勢いに任せて言いかけた言葉を総司はなんとか飲み込んだ。

決して遊びなどではない。だが、だったら嫁にするかと言われれば、今のセイを普通に嫁にできるとは到底思えない。よしんば、無事に隊をやめることができたとしても明日をも知れない身の上で嫁になどできはしない。

冷水をかけられたように、赤くなってどぎまぎと地に足がついていなかった総司の表情が変わった。

「決して遊びのつもりなんかじゃありません。でも、私はあの人に女性として幸せにしてやることなどできないと思っています」
「なぜだ?」
「私の命は近藤先生のものですから。あの人に幸せなんてあげられる資格なんてないんです」
「ふざけるな!」

土方が手にしていた盃を総司に向けて投げつけた。

「近藤さんが聞いたら同じように怒るか、悲しむぜ。まったく……。いいか、お前に惚れた女ができる、抱きたいとまで思える女ができるっ てことが俺たちにとってどうだと思ってるんだ。嬉しいに決まってるじゃねぇか。サエのことがあってから、お前はもう誰かを愛おしいと思うことをやめちまっ たんじゃないかと、随分近藤さんは心配してたんだ」
「でも、土方さん。私は武士なんです。私の誠は近藤先生のためにある。いくら私がその人を愛しいと思っても、いつかその人を置いていく私が共にいたいと思えるわけないじゃないですか」

振り上げた拳のまま、一息にまくしたてた土方に淡々と総司が答える。その目が、子供の頃の宗次郎のまま、大人になって途方に暮れた目に見えた。

「お前……つまり、近藤さんよりもその女を取るほどに惚れてるのか」
「違いますよ。私にはそんな資格がないんですから」

―― ったくどこまで馬鹿なんだ

近藤を唯一の相手だと思っていると自分に言い聞かせなければ、置いていくことなどできないほどに心を囚われていて、そう決めているのだから資格がないと思わなければ、きっとどこまでも相手を離すことができないほど想っているのだと。

なぜわからないのか、土方には理解できなかった。いくら自分の感情に鈍くなっていた時間が長くても、そこまで愚鈍になるだろうか。
不意にある考えが浮かんだ。

「怖いのか?総司」
「……!」

それまで土方の顔を見ていた総司が視線を彷徨わせた後、俯いてしまった。
サエのことがあった時に、恋情のもたらす狂気に総司は怯えた。たとえ、サエのことを好いていてもそこまでの想いはなかった総司には、命を懸けるほどの狂気が恐ろしかった。

今、近藤が唯一で、己は武士でと、自分を諌め続けていなければ、何をするかわからないほどに囚われている自分自身が怖かったのだ。

例えば、セイが無事に隊を抜けることができなくて、切腹にでもなるならどこか誰も知らないところに閉じ込めて、自分だけのものにしてしまいたい。
そんなことをすれば、もし自分に何かあった時、セイは何も知らないまま、閉じ込められたままになる。だがそれさえも甘美に思ってしまいそうになる瞬間が怖くて。

「総司」

ほとんど減っていない総司の盃に土方が酒を勧めた。のろのろと盃を手にした総司に、並々と注いでやる。投げつけてしまった盃の代わりに自分は脇においてあった別の盃に手を伸ばす。

「お前、その女を抱いたとき、嬉しくなかったか?」
「……はい?」
「触れただけで舞い上ってしまうような気持ちにならなかったか?愛おしくて、自分の腕の中にいるのが信じられなくて、何度も確かめたくはならなかったか?」

夢のような時間に片時も目が離せなくて、どんな表情も、姿も見つめていたくて。

手にした盃に揺れる酒を見ながらぽつりと総司が呟いた。

「嬉しくないわけないじゃないですか……」

慕ってくれていることはわかっていた。だが、女として自分を受け入れてくれるなんてないと思っていた。
仮に、自分を好いてくれていたとしても、心の中で想い合うだけで結ばれることなどないと思っていたのに、自分が楽になりたくて踏み出してしまった先から逃げずに受け止めてくれるなんて。

直後こそ、数日は甘い余韻に浸っていたが、日が経てば経つほど苦しくて、セイのことをまともに見られなくなって、今ではさりげなく避けてしまう始末だ。

「要するに、お前は、赤子ができないことがわかれば、その女とは別れるつもりだったのか?それを俺に確かめたかったのか」
「……自分でもよくわからないんです」
「なら確かめてこい」

顔を上げた総司に呆れた土方がにやりと笑って見せた。続々・湯気の向こうに 1

「もう一度、その女と会って、ちゃんと話して、それでもわからなかったらもう一遍、抱いてこい」

土方にさんざん言われるだけ言われて、自分がどうしていいのかわからないと心情を吐露した総司は、きちんと相手と向き合うことを約束させられて後はひたすら飲まされた。

 

 

 

 

– 続く –

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