黒き闇の翼 7

〜はじめの一言〜
いっときますが、これ、本誌読む前ですからね!

BGM:嵐 One Love
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部屋に戻ったセイは火鉢の火をかき起こした。暑くなりすぎない様に、部屋の隅の障子を開けて、温度調整をしながら湯を沸かす。

蒸気をあげさせながら少しだけ新しい乾いた手拭いを湯で濡らした。湯気の出る手拭いを総司の胸を少し開いてそこにそっと乗せる。

『言わないで!……誰にも。隠してください』

でなければ、と続いた言葉をセイはほとんど聞いていなかった気がする。ただ、何とかしなければ。
それしか考えなかった気がする。こうなったら、ああなったらという前に、その未来がどうであっても、自分が守ると決めていたから。

先程、総司が部屋に入ってきたとき、気配が動いたことで頭のどこかが目を覚ましていた。セイを見下ろしてじっと動かない総司に、少しずつはっきりと目を覚ましていくセイは小さな声を聞いた。

『重い……』

―― ……先生が手にしているのはもっと、ずっと前からひどく重いものだったはずです

誰かの命と、自分の望みと、願いと。それをすべてがその一本の刀に宿っている。
これまで自覚なく過ごしていただけでずっと総司はその重さを握りしめていたはずだ。

畳の上に、がしゃっと投げ出された音がして、その方がセイの胸には痛かった。

武士の命だという刀を持って、秘密を守れなかった自分を手にかけようとした総司が、刀を放り出したということは、自分はそれにさえ値しないのかと、一瞬、全身から冷や汗が滲み出た。

だが、総司がその手をセイの首にかけた時、その指先がひどく優しくて、震えながらもその細さを慈しむように触れたことを感じた時、その口が動いた。

伝えなければ。

「先生は、ほんの少しだけ……馬鹿ですねぇ」

眠る総司の額に触れたセイはその癖のある髪をそっと撫でた。汗のために、少しぺたりとなった髪を指で梳く。

「先生は何も恐れることはないんです。局長も、副長も……」

誰一人先生を見捨てたり、もう終わりだと思う者などいないのだ。だから何も恐れる必要はない。
それをわかってほしかった。

「先生。ずっとお傍を離れませんから」

そういって、セイは総司の額を何度も撫で続けた。

 

 

 

「おはようございます、神谷さん」
「えっ?!」

がばっと跳ね起きたセイは半分畳の上に突っ伏して、頬には畳の跡がついていた。そのセイを上体を起こした総司が揺り起こした。

「沖田先生?!」
「あのね。神谷さん」
「はい?!」

いつの間にか眠ってしまっていたことに飛び起きたセイは慌てて総司の前に座って何か具合でも悪いのかとその顔を覗き込んだ。
そんなセイににこっと笑った総司がてへっと頭に手を回した。

「……えーと、お腹、空いちゃいました」
「あっ。……はいっ」
「熱が下がったみたいなんですけどね。そしたら急にお腹が空いてきちゃって。昨日、沢山眠ったからでしょうかねぇ」

ごしごしと目を擦ったセイは、ぱっと座りなおすと総司の額に手を触れた。確かに昨日、燃えるようだった額が普段と変わらないくらいまでになっている。

ほっとしたセイがつられてふわりと笑った。

「よかった~……」

両手を畳についてため息をついたセイに総司が手を伸ばした。いつでも疲れて見られることのないようにきちんと整えていた月代を撫でる。

「よかった、って、神谷さんが言ったんじゃないですか。一つでも二つでも勝てって。熱にくらい勝たないと、これからもっと勝たなくちゃいけませんからね」
「そうです!!」

がばっと顔を上げたセイが総司の顔を見る。

「先生はただでさえ負けず嫌いなんですから!」
「……で、あのぅ……お腹が」

ふにゃっと崩れた顔がよほど情けなかったのか、慌ててセイは立ち上がった。起床の太鼓はもうなっているのか、とにかく自分の部屋に駆け込むと小者達が用意してくれていた粥の入った鍋をとってくる。お盆の上に布巾をかけておかれていた食器を運んで、先に白湯を汲んだ。

「先生、先に白湯ですけど。すぐにお粥温めますから」
「え~。……神谷さん」
「はい?」

白湯に手にした総司が渋々と口に運びながらちらっと布巾の下を覗く。茶碗と香の物と梅干だけが乗せられた盆をみて、情けない顔を見せた。

「お粥だけ、ですか」
「……へ?」
「そうだなぁ。朝ですからね。せめて鯵の干物とか何かありませんか?」

粥だけでは足りないと言い出した総司に、ぽかんと口を開けてセイは総司の顔を見た。たった一夜でこの代わり様にセイが驚く。昨日まで食べる気力さえなかったというのに。

すぐ立ち上がったセイは、わかりました、と言って部屋を出る。セイの想いが、伝わったことが嬉しくてセイの口元に笑みが浮かぶ。
ゆっくり歩いていたはずの足が少しずつ早くなって、駆け出したセイの顔は笑っていた。

一番隊の前を走り抜けるセイを見た隊士達が、何かあったのかと顔を向けてくる。

「おはよう!」
「お、おう!神谷、なんかあったのか?」
「ううん!いい朝だね!」

そういってセイが賄に向かっている間に総司は布団から立ち上がると、障子を開けた。朝日に照らされた何もかもが眩しく見える。

守っているつもりで、ずっと守られてきたのかもしれない。近藤にも、土方にも、そしてセイにも。

―― ありがとう。神谷さん。私にそれを思い出させてくれて

まだ自分はその想いに応えてはいない。

「さあて。腹を据えて勝ちに行きますか」

諦めない限り、負けることはない。まだこの手が動く限り、この足が動く限り。
まだ戦は始まったばかり。

太陽はまだ空にあるのだから。

 

 

– おわり –