無礼講の夜 2

〜はじめの一言〜
黒・・・になるのかな~

BGM:
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「つ、連れていっちまったけど、アイツ、どこいったんだ??」
「さぁな~。ちっ、あいつ酒本当に頼んだのか?」

からっぽになったとっくりを逆さに振った永倉がぽいっと空になったものを放り出した。原田も酔っ払いだけにすぐに忘れて肴に手を伸ばす。

上機嫌な藤堂はその時、階下にいた。奥から出てきた女将に向かってにこにこと話しかけていた。無理やり連れてこられたセイと総司は酔っ払いの藤堂に掴まれた着物を外そうと身を捻ってもがく。

「女将っ、あのさぁ。この二人のためにお部屋!空いてないかなぁ」
「へぇ。奥のお部屋でよろしければ空いておりますが」
「ちょっ、藤堂さん!そんなのいりませんから」

総司がやめさせようとするが、新撰組の酔っ払いはタチが悪いのは重々知っている。女将が苦笑いを浮かべて頷くと、先に立って廊下の奥へと案内していく。満面の笑みを浮かべて、もろ肌脱ぎの藤堂がぐいぐいと総司とセイを引きずっていった。

「ちょちょちょちょ!藤堂先生~!!!」
「こちらのお部屋どす。お酒、おもちしましょか?」
「うん!」

奥の部屋は壁も朱色で奥まった部屋は特にその手の密会に使われるように整えられている。そこに総司とセイを連れ込んだ藤堂は部屋の真ん中にちょん、と腰を下ろした。

「藤堂さん?」
「藤堂先生?」

にこぉっと笑って振り返った藤堂は奥の部屋を指さした。無理やり連れてこられた総司とセイは藤堂の背後で顔を見合わせた。

「えへっ。さっ、そっちの部屋使っていいからね~」
「はぁっ?!」

顔半分、色を変えた総司がわたわたと慌てていると、にこにこ笑いながら揺れていた藤堂がばたーんと横向きに倒れた。

「藤堂先生?!」

慌てたセイに、総司が片腕をあげた。酔っぱらいすぎて眠くなった藤堂が倒れ込んで眠ってしまったのだった。
なんだ、と呆れたセイが部屋の隅から座布団をかき集めてきた。藤堂の体の傍に並べると、総司が藤堂を転がして横にならせた。

大の字になってものすごいいびきをかいている藤堂に総司が羽織を着せ掛けると、女将が酒を持ってきて現れた。

「潰れはったようですなぁ」

くすくすと笑っているところを見ると、女将は藤堂が潰れることを見越していたらしい。遅れてきた総司があまり飲む暇がなかったこともわかっていたらしく、総司の膳とセイの膳とでは、上に運んだ膳と明らかに違う。

「どうもすみません。いつもいつもご迷惑をおかけしまして」
「いえいえ。先生方はいつも陽気に飲まはりますから」

そういうと、上の部屋も酒を待っている間に潰れたと聞いて、総司もセイもほっと座り込んだ。

「ほな、どうぞごゆっくり」

女将が下がっていくと、妙な脱力感が残って、だらだらとセイは総司の傍に近づくととりあえず酒を注いだ。

「なんだか……。疲れましたねぇ」
「まあ、いつものことですけどね。神谷さんも」
「私もって、私は何も酔っぱらってませんし、暴れてもいないですよ?」

総司の最後の一言にセイが不満をぶつけた。今日は酒も飲んでいなかったし、揉めてもいないはずだと思っていた。ふ、と鼻であしらった総司がくいっと酒を飲む。

「まさか本気で言ってるわけじゃないでしょうね?」
「本気ですよ?だって、今日は私、飲んでませんもん。私だって、懲りますからね」

それを聞いた総司がはーっと深いため息を吐きだした。素面だからいいかといえばそんなはずがない。毎度、屯所にいればそこここで交わされる話ではあるが、特に酒が入っていればどうなるかわからないところがある。

「まったく、貴女は太平楽というか……」
「沖田先生?!」
「しーっ!」

思わず大きな声を出したセイに慌てた総司が口元に指を立ててた。部屋の真ん中では藤堂が相変わらずいびきをかいて眠っている。仕方ないので、隣の襖をあけると、そちらにとっくりと杯を持って総司が移動した。

そこには朱色の艶めいた布団が敷かれていて、一瞬どきっとするが、総司が構わずそれを少し押しやって表に面した障子の傍に座り込む。セイもその目の前に杯を手にしてにじり寄った。

「あのう、太平楽ってなんですか?」
「どんな状況であれ、貴女は女子だって自覚しなさいってことですよ。酒の上の戯言でどうなってもしりませんよ?」
「だって、そんなことおっしゃいますけど、屯所にいたってこんな話あるじゃないですか」

艶話もなにも興が乗ればきわどいことだってあり得なくはない男所帯である。慣れたつもりで、あしらいもうまくなったはずだとセイがそう思い込んでいても仕方がないともいえる。

それでも総司にとってはセイは女子で。

いくら慣れていようがなんだろうが、そんな場に一人で置いておくなどできなかった。だから、隊士から話を聞いて連れて行った面子を考えると、酒の勢いで原田あたりは何をするかわからない。冷や汗をかく思いで探してきたのだ。

「そんなこといったって……。私だって、先生に言われて気を付けるようにしてるんです」
「気を付けてるならあんな話に乗るんじゃありません」

本人はどう思っているのかは知らないが、セイが男の微妙な機微について云々するなど聞いていても気分のいいものではない。いくら話を合わせるためとはいえ、どこまでセイがわかっているのか、きわどい話をしているのだ。

「無礼講だって言われて何かあったらどうするんです?」
「何かって……」

日中の疲れと、さらに散々走り回ってその上、酒も飲んでいる。面倒になった総司が珍しくくだけた姿で片足を立てた上に腕をついた。

「とにかく、次はこんな真似」

むっとした顔でセイが総司の傍に近づいた。その胸に手のひらを当てると総司が驚いた顔でそれを見る。

「先生。先生だって、女子の事、ご存じじゃないじゃないですか」
「いくらなんでも貴女よりはわかってますよ。子供と一緒になるわけがないでしょう」
「子供子供って先生こそ!」

ぐっと膝立ちになって総司に近づいたセイは総司の片足の上に手をついた。セイにはわからないだろうが、総司にとっては触れられたところが火傷しそうな熱を持つ。

「おやめなさい、神谷さん」
「無礼講だって言ったのは先生じゃないですか。駄目なのは先生のほうじゃないんですか」

セイに深い考えがあったわけではない。ただ、生来の負けず嫌いで、いつもより気を使っていたのにさらに叱られたことがおもしろくなくて、ちょっと困 らせようというくらいだった。セイにどうのと言う以上に総司のほうが駄目なのではないかと、少し意趣返しができればそれでよかった。

「冗談ではすみませんよ?」

セイが総司の胸に当てていた手首をむっつりと掴んだ総司の目が深くて、底のほうが見えないくらい、暗く見えた。

– 続く –