暗闇に堕ちて~喜「怒」哀楽 5
〜はじめのつぶやき〜
すいません。ものすごく暗い先生です。警告ですぞ。
BGM:また君に恋してる
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―― 嘘……。斉藤先生は何も……!
嘘だ、とセイは思っていた。あの時、女子姿のセイに対して、斉藤は感謝して丁重に扱ってくれたし、それについては何も嘘偽りはない。
だが、言われているうちにはっと思い出したのだ。
セイが着替える前に、庭先を供に眺めていたことを。その時、斉藤が、想う相手のことを離していたことを。
そして、セイを寒くなったからといって抱きしめていたことを。
「あ……。嘘……」
「思い出しましたか?まさか、肌を合わせておいて今まで忘れていたなんてことはないでしょう?」
違う、と言いたかった。
違うんです、先生。それは、斉藤が想う相手のことを離していて、たまたま傍にいたセイを腕に確かなものの代わりにしただけだと。
だが、それを言うには斉藤のことも言わなければならない。勝手にそんな真似は出来なかった。
特に、見合いの話はできれば内密にとは言われたが、それ以上にあの斉藤と過ごした時間は、斉藤の素の想いだったはずで、それを口にしたくはなかったのだ。
「それとも、ばれないとでもおもっていたんですか?こんな、少し動けば見えてしまうところに跡を残しておいて」
「違います!違うんです。これは、その、言えないんですけど、でもそんなんじゃないんです!」
くすくすと耳元に唇を寄せた総司の吐息が囁きと共に耳にかかる。
「そんな言い訳が通じると思ってるんですか?参るな……。斉藤さんにそういえと言われたんですか」
ばっと着物の衿を掴んだセイは、掴まれていた手を振り払って顔を上げた。
「違います!そんなんじゃありません!本当に何もなかったんです!」
「それをどうやって信じろっていうんです?信じろって言うなら見せてくださいよ」
「み、見せ……っ」
冷やかな笑いはより一層、冷たく感じられてセイは目の前が真っ暗になった。
こんなことで斉藤とのことを誤解されたために、一番隊から出されたというなら、どう言っても総司は信じてくれないかもしれない。たとえ、それを斉藤が説明したとしても、それでも信じないだろう。
「見せられないんでしょう?きっと、ほかにもたくさんあるでしょうしねぇ」
とん、とセイの素肌の肩を押した総司は、何も信じられないという目をしていた。
―― どうしたら信じてもらえるんだろう……
ぶわっと涙が浮かんできて、どうしていいのかわからなくて、頭が真っ白になる。
「ずっと傍にいるなんて言っても、所詮ね」
吐き捨てるように言った総司の言葉を聞いて、震える手で襟をつかんでいたセイは、ばっと羽織を脱ぎ捨てた。涙が流れてくるのも構わず、帯を緩めて肩から袖を抜いた。さらしひとつだけで上半身をあらわにしたセイは、総司を見上げる。
「どうぞ!嘘偽りなどありません!この身に、そんな跡、ありませんから!」
「あ……。そんな、さらしの下にあるかもしれませんし、今見えない場所にだって」
まさかセイが本当に脱ぐとは思っていなかったのだろう。ばっと、上半身を脱いだセイに驚いた総司は、それでもぶつぶつと言いつのった。真っ白なさらしと、その境が赤くなったセイの肌にくぎ付けになりながらも、こうして斉藤にも同じことをしたのではないかとさえ思ってしまう。
「……っく」
しゃくりあげたセイは、袴の紐に手をかけた。
やけになったというのは簡単だが、命を投げ出してもいい。その覚悟で総司の傍にいたのだから、自分の身をさらしても誤解を解きたかった。
腰を上げて袴を脱いで、羽織の方へ放り出す。総司が動きを止めて見守る前で、セイは帯を解いた。長着も脱ぎ捨てて、襦袢一つになったセイは、それ以上は手を進められなくて、胸の脇に織り込んでいたさらしの端を引き出す。
きつく締めているために、端を引き出して緩めれば一息に緩んでくる。
胸を隠しそうになった腕を意志の力で下したセイの目の前に、大きな影が迫った。
「……すみません!」
自分でも、何を言っているのかわからないまま、セイに無理強いをした総司は、自分の羽織を脱いでセイを頭から包み込んだ。腕に抱えて震える塊を何度も自分に引き寄せる。
「……あなたが」
―― あなたが、誰かのものになって平然としている人だなんて思ってもいなかったのに……
強く、素肌のセイを抱きしめていると、あんなに真っ黒だった胸の内に光が差し込んでいく気がした。
ただ、自分は自分の知らないセイが許せなくて、ただこうして、腕に抱きしめたかったのだと、たったそれだけだったのだと思う。
震えて泣きじゃくる、セイの首筋に目を閉じて唇を寄せた。
しゃくりあげる声が止まって、驚いている気配が伝わってくると、まるで傷口でも癒すように何度も舌を這わせてから吸いあげた。前よりももっときれいに、朱色の花びらが散ったような跡がつく。
ちり、と強く吸われた痛みにセイが顔を上げた。
「私は、先生のものですから」
ほかの誰にそんな真似をさせることがあるだろうか。
「斉藤先生がわざとつけられたのではないと思います。夕刻、寒くなってきたからと羽織を貸してくださった時に、偶然ついただけで……」
ふっと総司の口元に笑みが浮かぶ。しようのない人だと、いう呟きは小さくて、代わりに温かいものがセイの首筋から鎖骨のあたりまでゆっくりと移動していく。
こんな跡を、偶然つける男などいない。
斉藤の賭けだったのだろう。自分が気づくのか、セイが気づくのか、それでこの苦しみから抜け出す機会を作ったに過ぎない。
腕に抱えたセイを支えながら、こく、と小さく鳴ったセイの喉笛に吸い付く。
「偶然なんてありません」
「あ……」
「だから、ここに印を刻むのは私が初めて?」
印といわれても、自分では見えないので戸惑っているセイの腕をとると、肘の上で、よほどまくり上げても見えはしない腕の内側に口づけた。
ちり、と小さな痛みのようなものがはしって、総司が離れると赤い花びらが散っていた。
「こういう印です」
こく、と頷いたセイの潤んだ目を見た総司は、セイを抱く腕を変えて広がった長着の上に抱えたセイごと倒れこんだ。
– 続く –