暗闇に堕ちて~喜「怒」哀楽 9

〜はじめのつぶやき〜
すいません。ものすごく我儘な先生です。警告ですぞ。

BGM:また君に恋してる
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体中が痛んで、しかもどうしようもなく意識してしまう異物感にセイはたびたびよろけた。

「だからおぶってあげますってば」
「大丈夫ですってば」
「さっきからよろけてばかりじゃないですか」
「でも、門限には間に合いますから!」

気が付けば夕餉さえ取らずに抱き合っていたことになる。それでも総司は心地よい疲労感で空腹など感じなかった。

「確かに間に合いますけどねぇ。ああ、そう言えば私も一緒に土方さんのところに行きますから」
「えっ?!」

どうやって土方を誤魔化してひとまず仲直りしたのだと言えばいいか、全く頭が働かなかったところにさらりと言われて、セイが飛び上がった。

「……どうしてそんなに驚くんです?やましいことがあるわけでもあるまいし」
「や、やましいって、だって……」
「ああ。あなたにあんなことやこんなことをしたことです?」

ぎょっとしてセイは、総司の口をふさごうとして再びよろけてしまう。
おっと、と言って支えてもらうと、じぃと総司がセイの顔を覗き込む。これでもまだ素直に背負ってもらわないのか、と無言の威圧である。
だが、セイにもおぶってもらうには女子の事情があった。

「絶対に、歩いて帰ります!」
「頑固ですねぇ。それはさておき、土方さんに言って、あなたを返してもらわないといけませんから」

臨時ということで預かりになったセイを返してもらうという。

「土方さんのところになんて置いておけません」

今更ながらにその言い様はどうかと思うが、もはやセイへの独占欲も隠す気がないらしい総司はしれっとしている。
セイ自身は、嬉しいよりもまだ実感がないに等しい。なにせ、仲直りのはずが想いを交わし、こんな時間まで二人きりで過ごしたことを思えば、あまりの急展開なのだ。

「神谷さんは戻りたくないんですか?」

屯所に戻るために、茶屋を出た時に、ここからは神谷さんと呼びますね、と言われてある。
地面の小さな窪みに足をとられたセイに手を貸しながらも、総司の顔はぎらりと悋気でいっぱいになっていた。

「そんなんじゃありません。ただ、このまま一番隊に戻って、いつものようにできるか自信がなくて……」

傍にいれば、色々と思い出すだろうし、このままの総司では今まで通りというわけにはいかない気がする。セイの不安をどうとったのか、にこりと嬉しそうに総司が笑った。

「そうですよね。神谷さんもそう思いますよね。だから、これからはなるべく時間を作って、いつもお茶屋だけじゃまずいですからあちこち場所も見つけないと」
「ち、違います!何をおっしゃってるんですか!」
「もちろん、二人きりの時間について、ですよ」

臆面もなく言ってのけた総司に、何も言えなくなったセイが、ぱくぱくと口だけを動かす。
ふっと笑った総司は、セイとつないだ手をぎゅっと引き寄せると、小さく囁いた。

「今だけは勘弁してください。本当に、嬉しくて堪らないんですから」

そう言って、歩き出した総司の耳が、手にした提灯に照らされて赤く見えた。
たがを外した総司は、執拗にセイを求めたことを自分自身でも恥ずかしいと思うが、それ以上に今は嬉しくて堪らない。もう、他の誰の手にも委ねる気になれないのは当然と言えた。

なんとか屯所に帰りついた後、その足で隊部屋を通り越した総司は先に立って副長室に顔を出した。

「で?こんな時間までかかってお前らは仲直りしたのか」
「ええ。もちろんですよ」

平然と答える総司を呆れたように眺めた土方は、膝の上に肘をついて大きくため息をついた。
総司の後ろに控えているセイをちらりと見ると、出て行った時よりははるかにしっかりと落ち着いた顔になっている。総司の憑き物が落ちたような顔を見ていると、妙にぞくぞくしてくるが、そこはもはや追求すまいと心に決めていた。

「まあ、なんだ。お前も組長なんだから部下に対する屈託があっても、いちいちこんな大騒ぎにするんじゃねぇ」
「それだけ私にとって神谷さんが大事なんだから仕方ないじゃないですか」
「おまっ!やめろっ!俺はその手の話は聞きたくねぇ!お前がその道に足を突っ込んだら縁を切るって言ってあったよなっ!!」

ひくっと後ろで聞いていたセイも顔を引きつらせるようなことをさらりと言った総司に、すっかり誤解している土方は頭を抱えて叫んだ。
ここまで来ると、面白がっているとしか思えない。わざわざ間を開けてから、土方に駄目押しをする。

「そうはいっても、大事なものは大事ですしねぇ。……部下として」

ばっと鳥肌を立てた土方が振り返り、部下って言ったよな、と何度も繰り返す。それだけが拠り所なのはわかるが、それ以外は聞かんぞ!と叫んだ挙句、面倒を起こした罰だといって、セイの一番隊復帰をしばらく様子を見ると言い出した。

「えぇ?!もう仲直りしたんだからいいじゃないですか。戻してくださいよ」
「馬鹿野郎。お前、隊務をなんだと思ってるんだ。そんなに簡単にあっちだ、こっちだってできるわけがないだろうが!仮にも一番隊の組長を背負ってるお前が何を言う!」

ぶーっとふてくされた総司が何を言っても土方も譲らず、しばらくの間、セイは土方付きの小姓を継続することになった。
もう隊部屋に戻れと言っても聞かない総司に、手を焼いた土方は総司を無視してセイに向かって頭を振って見せる。

近くに、と呼ばれたセイは、膝を進めると、呆れかえった土方が口を開く。

「なんなんだ?!あれは」
「はぁ……。私に言われましても……」
「お前に言わなくて誰に言うんだ!いいから何とかしろ!もう消灯の時間だぞ」

総司と土方に挟まれて困り果てたセイは、ひとまず総司を廊下に押し出した。

「沖田先生!今夜のところは隊部屋にお戻りください。なるべく、早く一番隊に戻していただけるように頑張ってお願いしますから!」
「そう言う問題じゃありません!土方さんの傍に置いておくなんて」

部屋の前でやいのやいのと言い合っている声は部屋の中にも聞こえたらしい。すぱん!といきなり障子が開いたと思ったら土方が仁王立ちで立っていた。

「総司。手前ぇ。俺にその手の話をすんなつってんだろ!それになぁ。仮にこいつが本当に女子だったとしてもこんなガキに手を出すほど女に困っちゃいねぇんだよ!手前ぇはさっさと隊部屋に帰れ!」

最後の最後に怒鳴りつけられて、渋々、総司は隊部屋に引き上げて行った。
やれやれと肩を竦めた土方は、どっと疲れ切った顔で部屋に入っていく。その後に続いて、セイも、土方の寝間の支度をすべく慌ただしく動き始めた。

夜が明けて、隊務の隙間には必ず副長室に現れてはべったりと居座っている総司に対して、こちらも意地になりだした土方は、セイに次から次へと仕事を割り当てる。
それに対して、ぶつぶつと聞こえよがしに総司が文句を言う。たった一日で何度も繰り返されるそのやり取りにどっと疲れはじめる。

それでも、ふと着替えようとした際に、自分の体を見てぶわっとセイは真っ赤になった。まだくっきりと赤い跡がたくさん残っている。それを、土方に見られないようにいつも以上に気を遣ったセイは、とにかく、総司と土方の機嫌を損ねないようにすることで手一杯になった。

いくらたくさん、強くつけたといっても二日もすれば随分、色は落ち着いてくる。

そんな時にそれは起こった。

– 続く –