花守 6

〜はじめの一言〜
テキスト50000ヒット御礼~。 沖セイ in wonderland

BGM:Whitney Houston Jesus Loves Me
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強い風に吹き上げられたと思った瞬間、総司は自分が刺し貫いた女も目の前に広がっていた光景も全部が変わっていることを知った。
刀についている血だけが生々しくて、それ以外はまるで虚構のようだ。先ほどの禍々しさとは違う、色としては白いものの、濁りきった白が広がっている。

「愚かなことをなさいましたね」

はっと振りかえると、そこにいたはずのセイも禍人もいない。代わりに明らかに違う花守がいる。警戒しながらも刀を振るって、懐から懐紙を出すと拭いを掛けて刀を納める。
花畑の中から出て、花守の前に立つ。

「ここは?神谷さんはどこへ?」
「お連れの方は貴方とは違うところへ飛ばされた」
「どこへ?」
「落ち着いて。こちらへどうぞおいでなさい」

すたすたと先を歩いて行く花守をみて、しばらく考えた後、その後をついて庵まで向かった。座敷に上がると、花守が目の前に座った。

「愚かなことをなさいましたね」
「何がですか?」
「あの方の代わりに災いを手に掛けた」
「あの人に女子を斬ることはできません。それを代わりに斬ったことが愚かな行いですか?」
「ええ。ここが魂のいる場ということはお分かりのはずです。魂のすべきことを肩代わりすることはできない」

淡々と語られる言葉は決して総司を責めているわけではなく、あるがままの事実を告げているだけだ。

「私は罪人。貴方は取り返しのつかない行いをしたのです」
「どういう……ことですか」

総司には、罪を犯したのだと告げられる事実が受け入れられなくて問い返した。セイに人を斬らせることはもとより、避けられる限りは避けてきた。そして、女子を手にかけるなど、女子であるセイには辛い事だと思うが故にやらせたくはなかった。

「あの人に、女子を斬らせることはできませんでした。それを代わったことを罪だといいますか?」
「貴方はあの方に災いを斬ることはできないと言った。しかし、それはできないのではなく、貴方がそれをさせたくなかったのでしょう?」

総司は的確な指摘に言葉を詰まらせる。斬れる、斬れないではない。自分が斬らせたくなかったからだと言われれば確かにそうだ。

「ここでは嘘も偽りもできはしない。貴方は貴方自身の想いであの方に斬らせたくなくて斬らせなかったにすぎないのです。そして、貴方自身がそうしたかったから肩代わりした。禍人が言いませんでしたか?それを貴方が決めていいのかと」
「それは……」
「魂のすべきことを貴方は奪ってしまった。それ故に、貴方とあの方の魂には刻印ができてしまった」
「刻印?!それは、どういうものですか?!何か、あの人に障りがあるのでしょうか」
「貴方はよいのですか?」

刻印が何を意味するかも知らず、ただ、セイに良くないことをしたのかと思った。そんな総司を罪人は不思議そうに見る。自分が望んで相手に対して行ったくせに、それを恐れるのがおかしく思えた。

「刻印は魂に刻まれるもの。貴方があの方の魂の肩代わりをすることで立ち切れない縁を紡いだ。これから、いくら生まれ変わろうと、どのような生き様をしようと、魂の縁を断ち切らない限り、この刻印は消えはしない。それを、貴方は自分の想いだけで行った。だから私の元へ飛ばされてきた」

それを聞いた瞬間、総司の胸の中で狂喜する自分を感じた。セイのための罪などいくらでも背負う。しかもそれで、これから先の未来、離れぬ絆を結んだという。
これから自分達の未来に何があっても、繰り返し繰り返し、この咲き乱れる花のように何度でも自分達は出会うというのなら。

決して表に出したわけではないはずなのに、罪人が総司をみて溜息をついた。

「あの方は想人の所へ飛ばされた。その違いが貴方の罪なのです」
「なるほど。やっと解った気がします。ここに呼ばれたのはあの人ですね。私はたまたまその時、傍にいて刀に触れていたから引き込まれたにすぎない」
「その通り」
「その幸運を喜ぶことが罪だというなら、とうにそんなものは犯している。私があの人を傍に置き続けていることが既に罪なのですから」

とうに気づいていた。

自分こそが許されぬ罪を背負うのだと。幾人を手にかけようと、それが近藤や大義のためならば痛みも罪も覚悟の上だ。ただ一つ、覚悟もないままに犯した罪と言えば、セイを傍に置き続けて来た事だ。その結果、いつかどんな未来がくるか、わかりきっていたことを見ない振りをしてきた。
怪我などしなくても、やはりどうあっても女子と男は違う。いつか剣を持てなくなる、いつか戦えなくなる日が来る。

それでも、離せなかった。誰が何を言おうとも離すことなどできなくなっているのは自分の方だと、わかっていたのだ。

「この、罪も想いもあの人は知らなくていいのです。隠しておいて……くださいますか」
「あの方も同じことを言っていました。貴方には隠しておけるかと」
「神谷さんが?何をです?」

自分と同じようにセイも何かを隠しておこうとしているのならそれは何なのか。

しかし、罪人はその問いかけには答えずに話を続けた。

「私達は暴く者ではない。知ってほしいとどこかで思っているならばそうなるでしょうし、隠し通したいと思えばそうなるでしょう。あの方は想人の所にいます」
「行ってもよろしいですか?」
「もちろん。貴方を止めるものは何もない」

罪人はそういうと、立ち上がって花畑の中に向っていく。そこには次々と赤い色が消え去っていく花の固まりがあった。色を無くした花を次々と罪人は摘んでいく。

「今は特にこんな風に多くの花が散っていきます。貴方達は……どこまで行かれるのでしょうね」

花畑の中から離れているはずなのに、罪人の言葉は驚くほど明瞭に聞き取れた。座敷から立ちあがると総司は庵から出る。

「覚悟など、とうの昔に決めています。罪は私が背負えばいい。あの人の元に行きます」
「貴方がいつか、癒される日がくるといいですね」

まるで罪人が目の前にいるかのように話を終えると、総司は歩きだした。

 

 

セイは、想人の庵で総司がいるといわれた場所を確かめていた。自分を庇って飛ばされた人の元へ向かわなければと思えば思うほど、涙が出てくる。最後に想人が告げたことを胸に秘めて、急いでいるセイの姿はいつの間にか再び変わろうとしていた。

その姿はどちらが望んだ姿かはわからない。

「沖田先生!」

道の途中で歩く黒い影を見つけてセイは駆け寄った。その隊服の色と同じ黒い気配を纏っていた総司が一瞬、セイの足を止めた。

「神谷さん?」
「あ、見つかってよかったです。別々の場所に飛ばされるなんて」
「本当に驚きましたね。怪我はありませんでした?」
「はい。先生こそ、すみません。私のために、あの……」

躊躇いがちにいうセイを総司が不意に引き寄せた。総司には懐に抱えたセイが一瞬、女子姿に見えていた。

「沖田先生」
「貴女が無事であればいいんです。行きましょうか」

その腕を緩めると再びセイは女武芸者姿に戻っている。セイが一瞬怯えた黒い気配は消えてなくなり、ほっとしたセイは笑みを浮かべて頷いた。
自然に繋いだ手に、総司はその手から伝わってほしい想いと、伝わらなくていい想いに揺れていた。

 

 

– 続く –