風邪見舞い

今日のネタはこれです。
nito様サイトには同じテキストと、落書きイラストがあります。

 

「先生、もういいんですか?」

今日は総司の大好きな甘露煮が夕餉の膳に乗っているのに、総司はどこか元気なく首を振った。

「ええ、なんだか胸がいっぱいで」
「ええ?!先生、いつから胸があったんですか?」
「生まれた時からありますよ。胸くらい」

どこかぼけっとした顔で総司が胸元を肌蹴ると、セイがまじまじと総司の胸板を見つめた。
あまりに真剣に見入っているので、隊士たちが気まずくなって声をかけようと手を伸ばしたその時。

「あぁっ!」

セイが大声を上げて、総司の袷を思い切り引っ張った。どこかぼけっとした総司はされるがままになっているが、周りでみていた隊士達が顔を赤くして驚いた。

「お、おい。神谷」
「先生、この前、何かにかぶれたっておっしゃってたところに薬つけなかったでしょう!ここの赤いところ広がってますよ?」

何かに負けたのか、先日、肋骨の下のあたりに円形の赤い発疹ができていた。セイはそこにまじまじと見入っていたのだ。
いつもなら顔を赤くして、もういいですよ、というはずの総司はぼーっと天井を見上げたままで、セイが顔をあげるとのんびりといった。

「もう、いいですか?神谷さん」
「ええ。じゃあ、先生」

思い切り押し開いた総司の袷をもとに戻すとセイは、総司の手をつかんでぐいぐいと引っ張っていく。

「どこにいくんですよぅ」
「いいからこっちに来てください」

まだ膳も片付けていない隊部屋から総司を連れ出すと、セイはいつも自分が借り受ける部屋へと総司を連れて行った。すぐに床を敷くと、総司をそこに座らせる。

「袴、脱いで横になっていてくださいね。今、薬持ってきますから」
「えぇ?私、どこも具合悪くなんか……。あれ?そういえば、なんだか頭が痛いような……」
「そうですね。世間ではそういう状態を“風邪をひいた”っていうんです」

呆れかえった顔で、セイがとりあえず布団の傍に火鉢を持ってくる。今日は暖かだったので、火が入っていないところに、灰をかいて火をつけた。

「先生?ぼけっとしてないで、袴脱いでください」

ぼーっとセイのことを眺めていた総司に向かってぴしゃりというと、セイはすぐに小部屋を出て行った。
それを見送ってから、総司はもたもたと袴を脱いで長着姿になると、座り込んでセイを待った。

「あっ!まだ横になってない!」

鉄瓶と薬や土瓶を乗せたお盆を持ってセイが戻ってくる。総司の顔を見て軽く睨みつけながら、火鉢に鉄瓶をかけた。

「いいから、ほら横になってください。風邪のときは喉が渇きますからお水もお持ちしました」
「ありがとう。でも大したことないので大丈夫ですよ」
「大したことがあるかどうかは先生が決めることじゃありません」

布団をめくって総司を布団に押し込めると、一回分だけは賄いで湯を注いできた。湯呑に白湯を注ぐと薬とともに総司に差し出した。
湯呑を受け取った総司は苦い薬を口に入れてから慌てて白湯を口にした。

「神谷さん、これ、苦くておいしくないです」
「薬は苦いものなんです」
「私、風邪をひかないはずなんですけどねぇ」

おかしいなぁといって、首をひねっている総司を今度こそ横にならせる。先ほど見咎めたところがかゆいのか、ポリポリと腹の上のほうをポリポリと掻いている。

「先生!かいちゃダメです」
「だって、ぽかぽかあったまってくると余計にかゆくなるんですよぅ」

薄らと頬が赤くなっている総司の額に手を当てると、確かに暖かかった。かゆみは体温が上がれば、ますますかゆくなりやすい。
軟膏をとってくればよかったと思ったが、今更行くのも面倒で、セイは布団を半分だけめくりあげた。

「沖田先生、ちょっと失礼しますね」
「はい?……はいいいいいい????」

失礼します、と言ってセイは横になった総司の身頃を布団をはいだ半分だけ引っ張って、半身を肌蹴させた。
そうすると、脇腹に近いあたりにある、先ほどの発疹を見つけた。
そこに、セイは顔を近づけてぺろりと舐めた。

「ひゃぁぁぁぁうぁっ?!」

くすぐったいやらそんな場所をセイに舐められて恥ずかしいやらで、一気に総司の熱が上がる。真っ赤になった顔にセイが顔をしかめて長着をもとに戻した。
布団をかけなおすと、土瓶からせんじ薬を湯呑に注ぐ。

「先生。見張ってますからちゃんとお休みになってくださいね」
「……はい」

頭の先まで真っ赤になった総司は、急に腹具合まで悪くなってきた気がして、あわてて布団から起き上がった。

「厠!厠行ってきます」
「わかりました。私、今夜はここで先生を看病しますからどうぞごゆっくり」

ばたばたと駆け出した総司を見送ってセイはふう、とため息をついた。

「先生、すぐお腹と熱に来るんだよねぇ」

その間に、セイも着替えるために隊部屋へと戻っていった。
厠で渋り腹と格闘した総司が、人心地ついて小部屋に戻るとセイがいない。ついさっき、ぺろりと腹を舐められたことを思い出すと、ぼっと真っ赤になる。
はたして本当に風邪なのか、自覚は全くない。ただ、何となく腹がいっぱいで、腹具合が悪くてぼんやりするだけだ。

「あっ!先生、戻られたならちゃんと横になってくださいよ」
「神谷さん」
「副長に報告してきました。しっかり縛り付けてでも休ませろ、とのことです」

部屋に戻ってきたセイは火鉢の傍に座り込んでいる総司の横を通り過ぎて、布団をなおすと掛布団を剥いでぽんぽん、と軽くたたいた。

「さ、先生」
「う。はい」

もぞもぞと動きの悪い総司にきらりとセイの目が光る。

「先生?」

びくっと総司がセイの顔を見るとにっこりとこめかみを引くつかせたセイが微笑んでいた。

「縛りますよ?」
「うわっ!!はい、すぐ!」

慌てて横になった総司に、掛布団をかけると満足そうな顔でセイは頷いた。
枕元に置かれた桶で濡らした手拭いを絞ると、総司の額に乗せる。ついでに、総司の頬から首筋にかけて手を当てた。

「うーん、やっぱり少し熱っぽいですねぇ」

手拭いを絞ったばかりのセイの手がひんやりして気持ちがいい。うっとりと目を閉じた総司を見てセイが手をひいた。
ぱちっと目を開けた総司が不満そうに見上げる。

「なんですか」
「なんで離しちゃうんですよぅ」

ぶすっと急に機嫌を悪くした総司がむくれた顔でセイに背を向けた。壁際を向いて寝ても面白くもなんともないが、せっかく気持ちよかったのにセイがあっさりと手を放してしまったことがなぜだかひどく面白くなかった。

「え?!先生、どうしたんですか?子供みたいに……」
「……どうせ子供みたいですよ」
「はい?」

ぷん、と拗ねた総司はそのままごそごそと布団の中で落ち着かないまま、姿勢を変え続けたが、頑としてセイの方へ向こうとはしなかった。

しばらくは呆れていたセイだったが、それでも熱のせいで暑いのもあって、総司が動いているのだと思うことにする。
黙って膝立ちになると、行燈の明かりを暗く落とす。

部屋が暗くなったことで拗ねていた総司も仕方がないと思ったのか、半分、体を起こして振り返った。

「駄目ですよ。先生。寝てないと」
「……神谷さんがいるならいいです」

―― いなくなっちゃったかと思ったんですよ

一晩看病すると言っていたものの、部屋を暗くしたので、小部屋を出て行ってしまうのかと思ったのだ。
自分でもおかしいと思うくらい、なぜだか我儘な気持ちになっている。

「お傍にいますよ。ちゃんと。縛り付けてでも寝かせろと鬼副長に言われてますしね」
「……じゃあ、縛り付けてください」
「はぁ?」

あまりに駄々っ子のようにごねる総司にセイが呆れかえった声を上げた。
だが、ぶすっとした顔でセイを見る総司に、今、何を言っても仕方がない気がしてくる。総司の布団の傍ににじり寄ったセイは、掛布団をかけなおして、肩口までしっかりと隙間なく覆った。
くるみこむようにすることで縛り付ける代わりにしようと思ったセイがぽんぽん、と布団越しに総司の肩を叩くと、ぬっと総司の手が伸びてきて、セイの手を掴んだ。

「ちゃんと、押さえ込んでてくれないと寝ませんよ」
「……沖田先生。それはどういう脅しですか」
「脅しじゃないですもん。事実ですよ」

そう言いながら、総司自身もおかしくなってくる。どんな子供の我儘だと思うが、どうにも自分の中で我儘な総司が暴れていて自分自身でも手におえない。
総司の中にいる、小さな子供の総司が母や姉にねだる様にセイに甘えているのだと薄らと頭の中には大人の総司が認めているのだが、認めているだけで押さえ込むには至らないのだ。

―― 確かに、私は今、具合が悪いのかもしれないな

ふと、片隅に追いやられた大人の総司がそう思う。いつもはなりを潜めているはずの子供の総司に手を焼くなんてことはまずないのに。
思考力が鈍っていて、目先のことしか考えられないでいる。

「じゃあ……。どうすれば?」

困り切ったセイが小さく問いかけると、ぐるりと総司が向きを変えて、布団の中にセイを引き込んだ。
セイの腕を枕にして、腕を自分の首に回させると、総司はセイの体を引き寄せるようにして丸くなった。

あっという間に総司だけが納得がいくように居心地良くされた状況に、セイが呆然となってしばらくは反応できなかった。
目を閉じて満足した総司に対して、しばらく無言だったセイが、ぼそりと呟いた。

「これで縛り付けてるんでしょうか、私」
「ええ」

―― これでゆっくり休めますよ

セイの懐に抱えられた格好で、総司は幸せそうに眠りに落ちた。
総司を起こさないように、身動き一つできずにいたセイは、時折総司の首に回した腕をあげて、そっとその髪を撫でる。

熱が上がった様子がないのを確かめて、再び重くないように首のあたりに腕を回した。

―― 先生、子供みたい……

幼子を守るような気がして、セイはいつまでも眠らずに総司の髪を撫でていた。