福をまく

節分、やらないはずだったのですがついうっかりつられて書いてしまいました。前半はこちらから。
漫画の後にちょろりとあって、さらにその後の話です。

「もうひどい目に遭いましたねぇ」

総司は幹部棟の風呂場で、湯加減を見ていた。総司とセイは、それぞれ、近藤と土方に襟首から豆を詰められて、背中と言わず、腹といわず、炒った豆が着物の内側に転がっていて、えらい目にあった。

二人でやっこのように左右に揺れて、袖口や、袴からもばらばらと豆がこぼれ出てきたが、豆のかすが着物の内側にはいっていて、ちくちくする。総司はこそばゆいというのもあり、ここはひとつ幹部棟の風呂を貸りることにした。
セイも着替えるだけでも着替えたかったので、もしよかったら自分も着替えの場所として借り受けられないかというと、総司が呆れたように腰に手を当てた。

「当たり前でしょう?そんな姿で落ち着かないのは神谷さんだって一緒なことくらい、私だってわかってますよ」

そういうと、さっさと副長室を抜け出して、総司は幹部棟の風呂を焚きに向かってしまった。
セイは、あわてて総司の後を追いかけようとしたが、まだ背中やら腹を豆がくすぐって、おかしくてたまらない。急いで一番隊の隊部屋に向かうと着替えをとって、急いで幹部棟の風呂場へ向かった。

総司にはゆっくり風呂に入ってもらうつもりで着替えを持ってはきたが、自分はとにかく着替えて体を拭いてしまいたかった。

「沖田先生。私はこの脱衣所で体を拭かせていただければ大丈夫ですから」

申し訳ないと遠慮するセイに袴をたくし上げて、湯桶の湯をかき回していた総司の声がする。

「だめですよ!こんなに寒い時期にそんな体を拭くだけなんて風邪をひいたらどうするんです?」
「それはそうなんですけど……」

歯切れの悪いセイのもとへ、まくり上げていた袖口を下して総司が現れた。
脱衣所にある籐籠にはそれぞれの着替えが入っている。それを見て、セイの分を湯殿の中へと総司が放り出した。

「いいからさっさと入ってらっしゃい。組長命令ですよ?私はここで待機してますから」

誰かが急に入ってきたりしないように、セイが入っている間、総司は見張りに立つことにした。
恐縮するセイを組長命令の一言で言い聞かせると湯殿に押し込む。
うまくやれば着替えもぬらさずに、ゆっくりと湯につかることができる。

手早く着物を脱いだセイは、急いで手桶に湯を汲むと、肩からざばっと湯を浴びた。冷えた体にはそれだけでも心地よく、セイは一瞬迷ったが、ここはと勢いに任せてさらしも下帯も外して湯を浴びたことを自分で褒めたくなった。

総司より湯につかるのは申し訳なかったが、肩にかけただけで終わりにしようとしたところで、脱衣所からちゃんと湯に浸れと指令が来た。

「こら!ちゃんとあったまらないと許しませんよ」
「なんで?!どうしてわかっちゃったんですか?」

まさかと両腕で自分の体を隠して湯殿の影にしゃがみ込んだセイに向かって、呆れた声が響いた。

「当たり前でしょう?湯を浴びた音しかしないのに……、って変な想像とか全然、これっぽっちもしてませんからね!!!」

後半、あわてた総司が誤解のないように付け加えると、セイも気まずそうに応えた。

「そ、そうですよね。もちろんです、ええ。これが原田隊長だったら違うと思いますけど、沖田先生ですから!!」

補足のつもりだったがセイは余計に追い打ちをかけてしまった。

「どうせ野暮天ですよ……」
「え?!沖田先生。聞こえなかったんですけど」
「もう結構ですよ」

少しばかり不機嫌になった総司は小声で呟いた。

「そりゃ、私だって健全な男子なんだって知ってるじゃないですか」
「はい?なんですか?」
「何でもありませんよ!もう」

毎度ながらセイのほうが野暮天だとつくづく思った総司は、はぁ、と深いため息をついてちゃぷ、と湯に浸かった音を聞きながら、セイが出てくるのを待った。

「すみません。お待たせして」

ほんのりと頬を赤くして着替えを終えたセイが出てくると、総司もほんのり頬を赤らめてもぐもぐと呟いた。

「いえ、大丈夫です」
「あの、お着替え預かりますので」
「いやっ!結構です。自分でできますから!!」

ぴしゃりと言われてセイはしょんぼりしながら、幹部棟の風呂を出て行った。
セイが脱衣所から出て行くと、ほっとして総司は着物を脱いだ。セイと違って、大雑把にしか豆を払っていなかったので、ばらばらと豆が散らばった。

肩を竦めて総司は湯殿に入ると、ざばーっと勢いよく湯を浴びた。

湯殿から湯を浴びる音がし始めると、そっとセイが戻ってきて脱衣所を覗きこんだ。
総司の姿がないことを確認すると、こそこそと入り込んで総司の着替えを抱え上げる。ふと足元に落ちている豆に気付いた。

それが何なのかは考えるまでもない。

そそくさとセイは落ちていた豆を拾い集めて握りしめると湯殿をでて行った。

自分の物と総司の着物を洗ったセイは、隊部屋の片隅でこそこそと縫物をし始めた。風呂から出た総司は、自分の着替えがなくなっていることに気づきはしたが、怒るようなことでもない。

普通に隊部屋に戻ると二人は何事もなかったように、過ごしていた。

夕餉の後、寝る支度をするために他の隊士達と一緒に布団を敷いていたところで、セイがぽと、と懐から何かを落とした。

「神谷さん?」
「あ、ああっ。なんでもないです!」

慌てたセイが拾い上げた物は小さなちりめんでできたお手玉のようなもので、子供でもあるまいしと不思議に思った。
セイは、懐にそれをしまうと、知らぬふりで布団を広げると早々に休んでしまった。

夜着の懐に隠していたそれは、セイが寝ている間に懐からはみ出て布団の脇に落ちていたものを、厠に起きた総司が拾い上げた。
口もないように縫われた小さな袋は中にじゃらじゃらとしたものが入っている。

「お手玉?」

ぽつりと呟いた総司は、セイの枕元にそれを置いておいた。

翌朝、目の間に置いてあった袋にセイが慌てた。
その袋には、脱衣所で拾い上げた豆が二十五粒入っていた。拾い上げた数は本当はもう少し少なかったのだが、それは自分の着物の隙間からでてきた豆を足してちょうどにしたのだ。

「こんなの先生に知られたら大変……」

ひっそりと呟いたセイは再び懐にそれを仕舞い込んだ。