黒飴水飴蜜の飴 2

〜はじめの一言〜
甘いのかな?と悩むところですが。甘くできてますかね?

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

懐から小さな壺を取り出した斉藤はセイのすぐ傍にそれを置いた。

「大分、喉をやられてるようだが」
「あ゛い」

半分起き上がったセイは自分が喋った声が大分しゃがれていることに自分自身で驚いた。起き上がったセイは、傍に置かれた壺を手に取った。

ずしっと重い感覚に眉を顰めたセイは、紐を外してぴっちりと閉められている蓋をあけた。

「水飴?ですか」
「いや、蜂の蜜だ」

小梅を入れるような本当に手のひらですっぽり包む込める大きさの壺にたっぷりと入っている。茶色の壺なので本来の金色はよくわからないが、甘い匂いがする。

「こんな高価なもの、申し訳、んんっ。ごほん。……ありません」
「いや、ひどくならんうちに治すべきだと思ってな。季節外れの風邪は……なんとかしかひかんというし」
「!!兄上!」

床に手をついて膝立ちになったセイが、斉藤に食って掛かると軽々と振り上げた手を掴まれてしまう。傍から見たらよくわからないかもしれないが、間近で見ていると珍しく斉藤の顔が笑っている。

「すまん。つい正直なものでな」
「あやま゛っでないですっ、それっ!」

がるる、と吠えかかったセイの額に指を当てると、たった二本の指だけでセイを押さえこんだ。そして立ち上がった斉藤はセイの頭を撫でて、隊部屋の方からじろりと悋気に満ちた目で見ている総司を見てふん、と鼻で笑った。

「とにかく、大事にして早く治せ」

確かに並みの者が簡単に手に入るような代物ではない。斉藤だからこそつてを辿ってこれだけのものをすぐに手に入れられたのだ。

お前にはできないだろう、という顔で総司を見た斉藤はにやりと最後に総司の方へと一瞥をくれると立ち去って行った。

 

手にした壺をぼーっと見ていたセイがうっと、眉を顰めて立ち上がった。取り急ぎ、紐でぐるぐると縛ると、隊部屋に駆け込んで自分の行李に押し込むと慌てたように走り去っていく。その様子を見ていた総司がどこかに行って、すぐに戻ってくると、なぜか外出の支度をしていた。

しばらくして厠から戻ったセイを見て、総司がばさっとセイに羽織を着せかけた。

「行きますよ」
「えっ?」
「さっき、斉藤さんから頂いた物は?」

総司が何を言ってるのか、よくわからないまま先ほど押し込んだ壺を取り出すと、総司に見せる。それを受け取った総司が、丁寧に紐でくくりなおすと、ぼうっとそれを見ていたセイを急き立てた。

「何をぼうっとしてるんです。でかけますよ」
「あ、はい」

ぼけっと返事をするセイに、屈み込んだ総司が小さく囁く。

―― 休暇、ですよね?

かっと赤くなったセイが小さく頷くとすぐに立ち上がった。きちんと結びなおした壺をセイに返すと、近くにいた隊士に外出を告げてセイと共にお里の元へと向かった。

 

 

途中で何度もこけっと蹴躓いたセイから危ないと壺を預かった総司がセイを連れてお里の家を尋ねる。

「あらまあ」

セイが風邪気味だと聞いて慌てたお里が正坊を八木家に連れて行った。総司が連れて行こうとしたが、そんなことはさせられないと言われて、結局、家で待つことになる。

すぐに奥へと入っていったセイがしばらくして着替えを終えて出てくると、所在無げに座っていた総司がほっとした。思ったほどその顔色が悪くはなっていなかったからだ。

「大丈夫ですか?」
「う……。はい。いつもすみません」
「いえ、こればっかりは私にはわからないので、こちらこそすみません」

互いによくわからない詫びをしあったところで、再びセイがんんっと喉の奥で咳き込んだ。

「その風邪も治るといいですね」

懐に預かっていた壺の存在を思い出した総司がそれを取り出した。勝手知ったるととっくに茶を入れていたので、目の前には湯呑がある。空の湯呑に蜂蜜を入れようとして、紐を外した総司は蓋を開けて中を見た。

甘い匂いが広がって、総司のセイもその匂いに引き寄せられる。

「甘い……匂いですね」

だるい体を抱えてうっとりとその壺を見ているセイを見た総司が思いがけない行動に出た。

「先生?!」

ひょいっと壺の中に指を突っ込んだ総司が人差し指についた蜜をすくいあげた。驚いたセイの口にひょいっとその指を押し込む。

「んむっ?!」

至極真面目な顔で指についた蜂蜜を押し込まれたセイは困惑しながらも軽く指に吸い付いて蜜を口に含んだ。セイが顎を引いて指を離す。

「おいしいですか?」

こく、と頷いたセイをみて、総司は自分の指をぱくっと口に入れた。セイに舐めさせたばかりの指を咥えると、セイが驚いてその腕を掴む。

「ななななななになさってるんですかっ!匙ならありますよ!持ってきますっ」
「いや、ほんとにおいしいのかなぁと思って。私、蜂の蜜なんて初めてなんですけど、そんなに甘くないですねぇ?」
「そそ、それは私が今っ」

―― 舐めたからで……

素直そうはいいかねたセイが、赤くなって口ごもる。立ち上がって、台所から匙を持ってきたセイが空の湯呑に蜜を救い上げて、湯を注ぐと総司に差し出した。

「これは貴女の物ですよ」
「こんなにたくさんありますから大丈夫です。私もいただきますし」

そういって、もう一つ湯呑を手にしたセイを総司が止めた。湯呑を持つセイの手に総司の手が重なる。セイの手ごと持ち上げた湯呑から、ふう、と息を吹きかけて少しだけ湯をすすった。

「ふうん。でもやっぱり思ったより甘くないですよ。滋養があるのはわかりますが、これで風邪が治るんですかねぇ?」
「まあ、これで治るというより、喉にいいということですね」

普通に総司が感想を言ったので、普通にセイも答えてしまう。はっと、手を引こうとしたセイが逆に総司に捕らえられる。

「それよりも、風邪を治すにはっていいません?」
「はい?」

ちゅ。

一瞬、目を丸くしたセイがそのまま固まってしまった。息がかかるほど目の前で総司が囁いた。

―― 風邪は人に移した方が早く治るって言いますよね?

セイから離れると総司がにこっと笑って言った。

「やっぱり、一番甘いのは神谷さんですよ」
「……先生、意地悪」

他には言いようがなくて、セイが口元を押さえて小さく呟いた。ごくたまに、こうして総司がセイを構う方が甘いと思ったが、それを口に出すほどセイも野暮天ではなかったらしい。

 

– 終わり –