黒飴水飴蜜の飴 1

〜はじめの一言〜
らぶらぶした甘いのがいいというので、甘くしてみました。

BGM:
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「ん、んんっ!ごほんっ」
「どうしたんですか?」

何度も喉の奥で唸っていたセイが最後に咳払いをした。巡察中とはいえ、普通に呼吸をする際にも気になるのであれば、どうしても咳き込むのは仕方がない。
すすっと伍長と入れ替わった総司がセイの隣を歩きながら笠に手を添えてセイを覗き込んだ。

「んっ、なんだか、乾燥してませんか?急にこんなにお天気がよくなって、喉の奥がいがらっぽくて……」

なかなか落ち着かないらしく、何度も喉の奥で咳き込むのだが、その様子が苦しそうで、眉を顰める。
もうすぐ町役の一軒につくので、そこで茶でも水でももらえば少しは楽になるだろうかと思い浮かべていると、少しだけ足が速くなっていく。追い立てられるように伍長と山口の歩調が早くなり、全体が早足になる。ぜいぜいと喉の奥を鳴らしながらセイが歩いていく。

店に入ったところで、総司が町役と話をしている間に隊士達と共にセイは茶を振る舞われた。乾いて咳き込んでいた喉に温かい茶が喉のがさつきを潤した。ほうっと思わずため息が出る。

「なんだ?神谷、風邪か?」
「いえ、なんだか喉の奥がいがらっぽくて。急に暑い日が続いてるでしょう?なんだか、巡察に出てても埃っぽいというか」
「ああ。それは言えるよなぁ。雨が降れば降ったで憂鬱なもんだけど、こう急に暑くなられちゃな」

ついこの前までまだ春先だと思っていたはずなのに、昨日今日など、締め切っていると隊部屋の中でも汗をかいてしまいそうだった。

あっという間に飲み干してしまった茶碗を恨めしそうに見ていると、総司が戻ってきた。

「神谷さん。ほら」

そういってセイに差し出したのは黒い飴玉だった。総司の手のひらをまじまじと覗き込んだセイに、苦笑いを浮かべた総司はセイの手のひらにそれを乗せた。

「町役さんに頼んで黒飴を分けていただいたんです」
「あ……。申し訳ありません。ありがとうございます」

総司と総司の後ろに立っている町役に向かって恐縮したセイが頭を下げた。いつまでも手にしていては溶けてしまう。ぱくっと口に含むと、町役も総司もにこにこと頷いた。

「なんや、急に日差しがきつくなりましたからなぁ」
「そうですねぇ。暖かくなってきてありがたいところですけど、今度は暑くて困るようになるんですねえ」

そんな世間話をしながらほかの者達の休憩を見ていた総司が、自分の手に持っていた湯呑をセイに渡した。さりげなく渡された湯呑を受け取ったセイが総司の姿を見ていると、隊士達の間に入って、あれこれと話をしていた総司がそろそろいきますよ、と声をかけた。

「先生、これ」
「ああ。頂いてしまってください」

そういうと先に立って笠をかぶりながら店の外へと出ていく。慌てたセイが総司の分の湯呑もがぶっと一息で飲み干した。

「ありがとうございました!」

店の者にそう声をかけて湯呑を渡すとほかの隊士達と共に急いで表へ出ていく。笠をの紐を閉めながら、あれっとようやくセイは気づいた。まだ物欲しげにしていたセイのために総司が自分の茶を寄越したのだと。

頬に挟んだ飴玉が喉に優しくて、セイは、総司の隣に並ぶと、ひょい、と笠の下から総司の顔を見上げた。

「ありがとうございます。沖田先生」
「はい?」

くるっと動いた目だけが笑っていて、わかっているはずなのに総司が空とぼけて見せた。

「さあ。行きますよ!」

総司が声をかけると再び隊列を組んで一番隊は歩き出した。

 

 

屯所に戻った一番隊は、巡察明けでそれぞれが好き好きに過ごしていたが、相変わらずセイが喉を気にして、あちこちでえへん虫と格闘していた。
片付けの後で立ち寄った賄いでセイは小者達に呼び止められる。

「神谷さん。ちょっと待って!」
「んん?……げほん」

喉がいがらっぽいというだけでほかに風邪らしい症状もないために、余計に気になるのか、ずっと喉を鳴らし続けるセイを見かねた小者が、湯に水飴とかりんを漬けた酒を少し入れて湯で溶いたものを差し出した。

「これを飲んでみてください。少しはよくなるはずですよ」
「んっ、ごめん。ごほん。気を遣わせて」

そういうと、手にした湯呑がまだ少し熱かったが、ふーっと息を吹きかけながら少しずつすすりこむ。頷いた小者が中身を説明してくれた。

「水飴くらいしかありませんでしたが、かりんは冬に付け込んでおいたものですよ。神谷さんや松本法眼からも食療法をご指南いただいてますけど、やっぱり咳の風邪にはかりんが一番です」

自信満々にいう小者にセイは賄の土間へと降りるところに腰かけて頷いた。彼らが冬になると、実の固いかりんをたくさん集めてきて、皆、手に豆をこさえながら小さく切り刻んでいく。そこから水飴と、強い焼酎に付け込んで半年余り。

咳の風邪の者には必ずこれが振る舞われるのだ。セイが今飲んでいるのは昨年漬けこまれたばかりの物で、まだこなれていない分、酒の匂いが強く味も尖っていたが、水飴を湯で溶いた中に入れたために大分飲みやすくはなっている。

「あー、あー。んんんっ!うん。大分楽になったかも」

乾いた喉の奥で痰が絡んだようないがらっぽさが大分落ち着いていた。本当は、切らさないように一日ずっと喉が渇いたらこれを飲みつづければほぼ一日でたちどころに治るのだが、家でじっと寝ているようなわけにはいかない。

最後の一滴までかき混ぜるための竹串で舐めきったセイは、ようやく楽になったことで、晴れ晴れとした顔を向けた。

「うん。全然違う。さすが、屯所秘蔵のかりんのおかげかな」
「当たり前です。私達もささやかながら皆様の体調管理のお手伝いをさせていただいてますから!」

自慢げに胸を張った小者達に賞賛と礼を言うと、セイは賄を後にした。これでしばらくはぼうっと休んでいられると思ったセイが、珍しくも隊部屋の前で柱に寄りかかって、伸びていた。

伸びてというのも、日頃のセイの姿とはかけ離れていて、少しでも咳を押さえこもうとしながら半分寝そべったような格好で柱に頭を預けている。

「んほっ」

時折、苦しそうに喉の奥で咳を飲み込もうと努力をして、押さえきれずに飛び出した咳に少しばかり眉を顰める。
そんなセイの傍に影が立った。

「どうしたんだ?珍しいな」
「何が珍しいんでしょうか?」

セイが一人でぼうっとしていることも、行儀悪く座り込んでいる姿もどちらも珍しいのだと思った斉藤がそのまま膝を曲げてセイの目の前に屈み込んだ。

「風邪か?」

そういうと、セイの額に手を伸ばした斉藤は少しばかり熱っぽいなと思う。だからこうしてぐたーっとだらしない恰好で潰れていられるのかと思った斉藤は、懐に手を差し入れた。

本当は、斉藤が他行に出る前にセイが咳き込んでいたのは耳にしていて、だからこそ、外出から帰ってまっすぐにセイのもとへとやってきたのだ。

 

 

– 続く –