先生の大事なもの 2
稽古の後、セイは、土方に呼ばれて副長室にいた。
「お呼びでしょうか」
「ああ。すまんがお前に頼みがある」
「なんでございましょう?」
用があるから呼ばれたのだろうに、わざわざ土方が正面切って出迎えて真剣な顔をセイに向けている。
これは何か大事でも、と緊張したセイは膝を進めた。
そこからセイの姿は屯所から忽然と消えた。
隊部屋にいた総司は、セイの姿がないことに気付くと、山口に問いかけた。
「山口さん。そういえば神谷さんはどうしました?」
「ああ。大分前に副長に呼ばれていきましたけど。文の使いでも頼まれたんじゃないですかね」
「そうですか。でも、外出するなら一言くらい声をかけてくれそうなのになぁ」
首をひねった総司が、仕方がないので一人でおやつでも、と隊部屋を出たところで門脇の小者が慌てて走ってきた。
「おや?どうしました?」
「土方副長に急ぎの文です!なにやら神谷さんが怪我をしたとかで」
「!!」
総司に答えると、隊士は副長室へと走っていく。総司はその後を追って、幹部棟へ急いだ。
「副長!」
「なんだ」
「急ぎの文です!」
すらっと開いた障子の向こうにいた土方が手を伸ばすのを、後ろから追い付いた総司が取り上げて、土方の手に落とした。
「土方さん、神谷さんはどこへ行ったんです?」
「神谷?俺の使いを頼んでちょっと遠出を……!!何?!」
はらはらと開いた文には、セイが使いを頼んだ先で不逞浪士に斬りかかられ、奮闘して相手を討ち取りはしたが、セイ自身も斬られて深手を負っていると書かれていた。
「土方さん?!どうしたんです?!」
「俺の使いで出た先で、斬り合いをやったらしい。深手を負ったと……」
「……っ!!」
土方の手から文を取り上げた総司は、セイを助けた宿屋の主からの文に目を通すうちに、みるみる青ざめてくる。
医者を呼んではいるが、深手なのでとにかく誰か寄越してほしいと書いてある。
「土方さん!!」
「すまん。俺が神谷に使いを頼んだばかりに……」
「そんなことはいいですから!これはどこから?!」
がっと土方の前に膝をついた総司は文の外紙を手につかんだ。差出人は祇園の先の宿屋の名前が記されていた。
「私が行きます!」
「ああ。頼む」
文を放り出すと、すぐに総司は副長室を飛び出した。ざわざわと屯所の中にも、セイが怪我をした、という話はあっという間に広がり、一番隊の隊士達も心配そうな顔で総司見ている。とにかく、私がいきます、といって隊部屋に駆け戻った総司は刀を手にしてすぐに屯所を走り出ていった。
全力で通りを駆け抜けた総司は、文の差出だった辺りまで駆けつけると、なぜか宿屋がない代わりに、同じ名前の茶屋があった。
「……?」
茶屋と言っても宿屋のように客を泊めることもある。
そのため、総司は名目上、宿屋と書いたのかと、とりあえず茶屋に入った。
「すみません!新撰組の者ですが!」
「これは……。お部屋は離れになります」
「すみません。文をくださったのはご主人ですか?」
「へぇ。とにかく、こちらの離れになります」
すぐに主らしき男が総司を離れへと案内していく。ぜいぜいと息を切らしながら総司が汗を手の甲で拭うと、様子を聞きたいのに、こちらへと急かされて廊下の先まで導かれた。
「あの、医者は呼んでくださったとありましたけどどうなんですか?!」
「私どもには詳しいことは何も……」
要領を得ない主人に苛立った総司は、急いで草履をつっかけて離れの部屋へと向かった。
主人は案内だけをして、部屋には入ろうとせず遠慮して頭を下げる。離れ屋の引き戸をがらりとあけて、草履を脱ぐと部屋の障子を勢いよくあけた。