風邪惑い <拍手文 1>

〜はじめの一言〜
初めのころの拍手文です。恥ずかしいですね。多少加筆しました。

BGM:安全地帯 雨
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梅雨らしく、雨で肌寒い日が続いたかと思うと、ひどく蒸し暑い日だったりと今年の 春先から屯所内では風邪が流行っていた。 副長付きとはいえ、新撰組内ではほとんど医師代わりのセイは、休みなく風邪の者たちの面倒を見ているうちに自分自身も風邪をひきこんでしまった。

もとより、人に移された風邪は、ひどいと相場が決まっている。
いろんな隊士達の間で培養された風邪は強力で、高い熱にうなされたセイは、一人隔離され、病室ではなく幹部棟の一室に寝かされていた。

非番の総司は、その日一日をセイの隔離された部屋で過ごしていた。

「先生、すみません。大丈夫ですから……」

目が覚めるたびにそう言うセイだが、高い熱はなかなか下がらず、額を冷やす手ぬぐいはすぐに温まってしまうため、 頻繁に取り換える必要があった。

「気にすることはありませんよ。皆、お互い様ですから」
「いえ、組長に面倒看ていただくなんて……。しかも、今は一番隊じゃないのに申し訳ありません」

非番の日以外もセイが寝込んでからは、忙しい隊務の合間にずっと付き添ってくれている。申し訳なくて仕方ないのは当たり前である。
手ぬぐいを取り換えた総司の手に、驚くほど熱い息がかかる。

「いいからゆっくりお休みなさい。だいたい、……その、着替えとか、他の方だと困ることもあるでしょうし……」

だんだん語尾になるほど、総司の顔が赤くなる。しかし、熱のせいでぼーっとしているセイは気づくことなく、そのまま再びうつらうつらと瞼が閉じていった。
セイが眠ったのをみて、総司はほうっと溜息をついた。

―― もうっ!!毎度のことですけど!!こんな姿の神谷さんに他の人達をつられるわけないじゃないですか!

熱に浮かされて上気した顔、同じく熱で潤んだ瞳はいつもよりとろんとしていて、妙に艶めかしいし、熱くなってくるとまっ白い腕や足が時折、蒲団からはみ出してくるのだ。慣れている総司でさえ、動揺することもあるくらいなのに、慣れないほかの隊士に任せた日には、流血の山か、一騒動持ち上がるのは明らかである。

ぶつぶつと内心では、いろいろと男の事情をこぼしながらも総司は手拭をひっくり返した。

―― 私だからこんなに我慢出来ますけどね!他の皆さんだったら、相手が病人だろうが惑わされないわけないじゃないですか!!

「はぁー……」

真っ赤な顔で熱に浮かされたセイの顔を眺めると、汗で額に張り付いた髪の毛を手で拭ってやる。手桶の水を取り換えようと、部屋を出たところで土方とぶつかりそうになった。

「おっと、土方さん。すみません」
「おぅ。……ん?総司お前、朝からずっと神谷についてんのか?!」
「はぁ」

例の如く、土方は鳥肌が立った。確かに朝、幹部棟で見かけたときにはセイの様子を診ているのだといっていたが今は午後も夕方に近い。

「お、お前なぁ!そういう時は、そのっ、半分障子を開けておくとか、なんとかしろよ」
「なんでですか。それじゃあ病人を隔離してる意味ないじゃないでしょう?変な想像しないでくださいよ。大体相手が女子ならまだしも男ですよ?!神谷さんは」

突然、しどろもどろにおかしなことを言い出した土方に、ついさっきまで盛大にこぼしていた胸の内を覗き込まれたようで総司は、頬を染めて言い 返した。
しかし、その反応がますます怪しまれる元になる。

言い返すだけでなく、頬染めた総司を見て、さらに鳥肌が増えた土方は、ひきつった顔で総司に迫った。

「おいっ!!頼むから頬を赤らめたりすんなよ!!」
「土方さんが変なこと言い出すからですよ!」
「何が変な事だ!……まさか、そのっ……、音とか声とかが漏れちゃマズイことしてるわけでもあるまいし……」

動揺した土方がうっかりと疑いの先を口にしてしまうと、次の瞬間、二人揃ってぶわっと真っ赤になって慌てふためいた。

「な、な、ななん、なんてことを言うんですか!!そんなわけ、あああるわけないでしょう!仮にも病人ですよ?!」

かなりどもりながら言い返す総司に、じゃあ病人じゃなければいいのか、と土方は言いそうになって、自分の考えに頭を抱えそうになった。

「変なことばっかり言わないでくださいよぅ。もうっ」

そう言うとまだ耳まで真っ赤にして、総司は井戸の方へ去って行った。 ひとり残された土方は、セイの休んでいる部屋を覗き込んだ。

籠もった薬湯の匂いと熱を出しているために汗の匂いが微かに混ざっている。 夕刻ということもあって、薄暗くなってきた室内に踏み入ると、額に乗せていたはずの手拭いがずり落ちている。頭に乗せてやろうとした土方はセイの枕元に屈みこんだ。

額に触れるとまだ随分と熱くて、眉間に皺を寄せた土方は前髪を流してやり、手拭いを額に戻した。熱くて寝苦しかったのか、ひんやりした手拭いに寝ているはずの本人がふわぁっと笑った。
そのまま、寝返りを打つと、思い切り袖がまくりあがりまっ白い腕が目の前に飛び出してくる。

「!」

さすがにその腕の白さと細い腕の艶っぽさには、土方も思わず目を向けてしまいそうになって、急いで立ち上がると部屋を出た。

―― 確かにあんな様子じゃ、部屋を開け放っておくわけにも……、いやしかし!!一日中部屋に籠って二人きりというのも……。いやしかし!!……

悶々とした頭を抱えながら土方は副長室に戻って行く。
こうして鬼の副長の悩みは今日も続くのであった。

– 終 –