戯れの後味

〜はじめの一言〜
夏の戯れの続きかな。暑いけど涼しいよ!
BGM:ORANGE RANGE お願い!セニョリータ
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

菓子の礼をするために、セイは先日の菓子舗を訪れていた。

この菓子舗は、最近代替わりした店であまり表だっての商いはしていない。店先には真っ白なのれんに藍色の染めで『夏花』の文字がある。

この店はすべて店主から下働きまで女である。職人に女など、許されないはずなのに、この店の店主であり、菓子職人の夏は立派に商いをやっている。
先代の店主は、夏の夫であった伊助である。伊助は御所お出入りの金看板を掲げていた菓子舗でたたき上げた職人で、独立してからも大店や大家からの声がかかるほどであった。
少ない人数で、こじんまりした店舗であったが非常に繁盛していたといえる。

そんな伊助は、お夏が職人仕事に興味を示した際に、惜しみなくすべてを教え込んだ。決して、女子だからなどと言わずに、持てる術を注ぎ込んだために、伊助が病に倒れた後も、商いに触りはなく、伊助が亡くなったあと、お夏は当然のように店を継いだ。

店先と言っても、店の者が応対するための小上がりにセイを案内してお夏は茶を運んできた。

「ぜひ、これを食べてみていただけますか?」

差し出された菓子を手にして、セイは素直に呟いた。

「わぁ、きれーい」

その姿をみて、お夏がにっこりと微笑んだ。
お夏はお里の知人であり、セイのことも薄々気が付いているらしいが、あえて触れずにいてくれる心遣いに、セイはいつも嬉しく感じていた。

「屯所の皆さんどうでした?」

セイの目の前に座ったお夏は、自分の茶を口に運びながらにこにこと問いかけた。花びらのような菓子を食べながら、セイは思い出してちょっとだけ不機嫌そうになる。

「なんだか、皆さん食べてくれたんですけど、微妙~な顔してたんですよねぇ。私はすごくおいしいと思ったのに」

ぷっとお夏は吹き出した。あの菓子をわかっていて半分遊びに作ったのはお夏本人である。

「あっはっは。そうなんですね。他の反応された方はいらっしゃいました?」
「うーん、そうだなぁ。沖田先生も美味しいって最初おっしゃってましたけど」
「最初?」

その時の様子を思い出して、なぜあんなに総司が慌てていたのかと今更ながらに不思議に思う。そのセイをみて、お夏も不思議そうな顔をした。

「ええと、初めはおいしいって言ってたんですよね。でも、お茶のお代わりをお持ちしたらなんだか……。慌ててたっていうか、でも急にどうしたんだろう」
「ああ……。そういうこと」

何かを得心したようにお夏は笑いだした。セイがわからないのに、又聞きしただけのお夏が理解するということが納得できなくてお夏に詰め寄る。

「わかるんですか?!お夏さん!どういうことですか?」
「うふふ、ふ。ごめんなさいね。神谷さん。神谷さんはわからないだろうと思ったんですけど、きっと新撰組の皆さんは元気になった方、結構いらっしゃったでしょう?」
「そりゃあ、まあ……。結構いましたけど……」

ふふ、っと堪えようとしても堪えきれずにお夏が再び笑い出した。口元を押さえて笑いの合間に息継ぎをすると、お夏が初めてタネを明かしてくれた。

「あれに使ったのは、クコの実以外にも体を元気にさせるような薬湯とか入れたんですよ。その、殿方にはすこおし、精がつくような」
「そ、そうなんですか」

理由がわかれば少しだけセイも、歯切れ悪く頷く。自分は元気になっただけだったが、皆にはそういうことだったのかと男にしかわからないことに心なしか気まずくなる。お夏が、セイにはわからないだろうという処は、完全に頭に入っていない。

「あの、で、でもお菓子くらいの少しじゃ……」
「まあ、いくら濃くても急にどうにかなるわけはないんですけどね?あのお菓子は……」

そういうと、お夏はセイの耳元に口をよせて何かを囁いた。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

ぶわっと真っ赤になったセイをみてお夏はますます、おかしくて笑い出した。

「そういうことですから、神谷さんが持っていかれたら皆さん、さぞや元気になったんじゃないかと思って楽しみにしてたんですよ?」
「そ、そ、そんな……」

赤くなったまま、セイはもじもじとしながら、膝の上をうろうろと視線が彷徨う。だから土方が、藤堂に配れと言ったのかと思うと、今更だが顔から火が出そうな気がする。

そんなセイに、お夏はすっと奥に入って小さな紙箱を持ってきた。セイの前にそれを差し出すとにこっと笑った。

「神谷さん、これを沖田先生へ差し上げて下さい」
「えっ、また変なの嫌ですよ!!」

すっかりからかわれたのが分かって、セイが赤い顔のままそっぽを向くと、お夏はそっとその紙箱を開けた。中には綺麗な花をかたどった干菓子が入っている。

「これはお詫びです。おかしなもん差し上げてしまいましたから」

綺麗な花の形にセイは思わずのぞき込んでしまった。干菓子なのに、ふわりと良い香りがする。

「綺麗。沖田先生喜んでくれるかも」
「ね?ぜひお持ちください。神谷さんも沖田先生もいつもうちをご贔屓にしてくださってますしね」

お夏は、再び箱を戻すと小さな布に丁寧に包み込んだ。受け取ったセイは、そろそろ屯所に戻ると言って立ち上がった。

「その布、もしよろしければ、手拭にでもお使いくださいな」
「分かりました。どうもありがとう。また来ますね」

店先まで送って出たお夏にそういって、セイは店を後にする。菓子が崩れないように手で持って帰ると、早速、総司の姿を探した。

「あ、お帰りなさい。神谷さん」

廊下で刀の手入れをしていた総司を見つけると、セイは持ち帰った菓子を差し出した。

「夏花のお夏さんから沖田先生にと、いただいてきましたよ」
「あ、なんです?お菓子ですかね」

素直に受け取った総司は、包みを開いて、紙箱を開けた。時折こうして、お夏は試作品の菓子をセイや総司に分けてくれるのだった。

「お、とっても綺麗な干菓子ですねぇ。嬉しいな。これをお夏さんがくれたんですか?」

総司はひとつを手にとって、きれいな薄い桜色の小さな花を手の上に載せている。その姿に、予想通りだと思いながら、セイはこの前の菓子の詫びとはなかなか言い出しにくくて、曖昧に頷いた。

「神谷さんも一緒に食べませんか?お茶をいただきましょうよ」

そういうと、総司は手にした干菓子を一度紙箱にもどした。そして、広げていた刀の手入れへと手を伸ばす。セイに否やはなかった。

「じゃあ、その間にお茶を入れてきますね」

賄い所にお茶を入れに行ったセイが戻るころには総司は手入れの道具をしまうところだった。
廊下の端に陣取って、総司はさっそく干菓子を口にする。

ふわり。さらり。

口にした瞬間、ふわっと鼻まで通り抜けた香りは、まさに花の香りのようで、舌の上でさらりと溶け去った様子は普通の干菓子よりももっと細やかなものだった。

「うわぁ……お夏さん、さすがですね。ものすごくおいしいです」
「そうなんですか?」
「ええ。まるで……」

言いかけた総司が、ふっとそのまま固まった。それに気づかずにセイは紙箱の他の物を覗き込んでいる。

先日のお夏の手による菓子に例えられたものに、総司は真っ赤になって動揺し、他の者たちも一様に微妙な反応をした者が多かった。
それを思い出すと、この干菓子は甘やかな花のような香りといい、さらりと溶けてなくなる様といい、お夏が誰を思い描いて作ったのかわかる気がした。

「沖田先生?」

急に黙りこんだ総司の顔を不思議そうにセイが覗き込んでいる。我に返った総司は、セイの手を引いてその上に一つ乗せた。

「なんでもないです。さ、神谷さんもどうぞ」

総司と同じように、干菓子を味わっているセイを見ながら、暑さも忘れるような爽やかな菓子にどうしても総司の頬が緩んでいく。

「ねえ、神谷さん。今度お夏さんになにかお礼をしなくちゃいけませんね」
「あ、そうですね。何か今度一緒に選びに行ってくださいますか?」
「もちろんですよ」

こんな二人の姿をお夏が想像していたのかどうかはわからないが、爽やかになった本人たちをのぞいて、周囲がまた熱帯夜にうなされるような思いをするのは、別の話……。

 

 

– 終わり –