迷い路 1

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
BGM:FLYING KIDS セクシーフレンド・シックスティーナイン
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それは、運命のいたずらかと思うくらいの偶然だった。この時の出会いがなかったら、総司とセイの間柄は変わらぬままだっただろう。

小花とは疎遠になった総司だが、馴染みの妓に振られたらしいという話が広まるのは早い。そもそも、花街に置いては馴染みがいれば、馴染みのところに上がるのが筋。それ故に、よその見世の話であっても誰がどこの馴染みなのかは互いによくわかっているものだ。

それだけに、あちこちの見世の妓達からは注目の的だったが、当の本人はさっぱりそれを気にすることもない。それを気にした近藤が総司を連れ出すように土方を説得したのだ。

「あのなぁ。そのくらい、大の男が自力でなんとかすんだろ?」
「いやいや。総司はあれで随分と奥手じゃないか。小花を見つけた時も、連れられて行った時だったわけだし、今度は歳、お前に頼むよ」
「ったく、しょうがねぇなぁ。……あいつ、いくつだよ。まったく」

そういう話が勝手に進められて総司は土方と共に花街に行く羽目になった。
原田や永倉達がふらりと遊びに出るのとは違い、きちんと茶屋へ文を出してある。仮にも、遊びとはいえ、新撰組の副長が出向くのだ。

「もう、土方さんは強引だなぁ」
「強引にでもしねぇ限りお前はいつまでたってもそうやって一人者で妓の一人も相手にしないだろうが」
「別に困ってないからいいんですよ。そういうことは」

土方一人のお忍びではなく、総司も伴ってとくれば店の方も、遊び方の良し悪しは別にしてそれなりの待遇をしなければならなくなる。馴染がいても、はまりこまず、接待やお忍びときっぱり相手も店も使い分ける土方は、あまり花街での評判がいいとは言えなかった。

実直な近藤はどの店でもどの妓達にも好かれるが、土方の場合はどちらかといえば男ぶりはいいのに、態度が憎いと噂される方である。
そんな土方の文には、太夫は呼ばず、近頃、名が聞かれるようになったばかりの若い天神の幾人かを指名してあった。

揚屋に向かう時間も土方にはこだわりというか、癖が必ずある。
接待や上客を伴う場合は、相方に指名したのが太夫であろうとも自分達は必ず刻限よりも遅れていく。そういう時はいつもセイが先に揚屋に向かって、太夫達を迎えていた。

お忍びで遊ぶ場合は、ふらりと時刻よりもだいぶ早く向かい、太夫を迎える作法通りに酒や料理を楽しみながら待つわけだが、今回は刻限ちょうどに総司を伴って揚屋に現れた。

「これはこれは。土方様、沖田先生、お待ちしとりました」

女将の案内で部屋に案内されると、土方と総司が座についてすぐ、妓達が現れた。確かにまだ若いだけに、着物も太夫達よりは下だがその分明るく華やいだ柄を選んでいるだけに、ぱっと場が明るくなった気がする。

「おまちどぉさんどす」

上座に土方が、その右手にあたる場所に総司が座っていたが、両脇に白粉の甘い香りがふわりと漂った。

「ん。お前さんが蔓花で、お前さんが紅糸。総司、お前の左が浪里、右が桜香で、あってるか?」

初見の天神だと言うのに、ぴたりと当てて見せた土方に、妓たちが驚いて顔を見合わせた。一番、年かさの紅糸が土方の膳からお銚子を手にすると、杯へと酒を注いだ。

「さすが、新撰組の副長はんどすなぁ。確かに、うちが紅糸どす」

よろしゅうに、と軽く首を傾げて見せた紅糸の酒を受けると、土方が満足そうに頷く。にこりと微笑みあった桜香と浪里も、そろって総司に寄り添うと銚子を手にして酒を注いだ。

「ほな、こちらは沖田先生どすな。今日はお二人とも男前はんのお座敷でうちらは、むちゃ嬉しいどす」
「ほんに。桜香どす。よろしゅうに」
「あ、はい。よろしくお願いします」

微かにため息をついた総司が杯を手にすると、浪里から酌をうけた。

―― 本当にいいっていうのに……。苦手だなぁ

渋々と酒を口にした総司は、外面の良さだけは健在で、にこにこと二人の妓に向かって愛想よく微笑んで見せた。

 

「どうぞお楽にしておくれやす」

普通ならば初見で、宴席だけでなく部屋に上がることなど、しきたりから言えばないことなのだろうが、ここは島原で、吉原ほど厳しくもない。ましてや、その客が新撰組とくれば揚屋も妓も否やはなかった。

浪里を連れて土方が部屋へと移った後、遠慮をしていると思ったのか、紅糸が総司を伴って部屋へと移った。

紅糸は、呼ばれた妓たちの中では一番年かさではあったが、それでも十九になったばかりである。だが、禿から花街に暮らしていたこともあり、女らしく四人の中でも一番人気があった。

「すみません。土方さんが余計な気を回して連れてこられたのですが、私は、願掛けをしていますので時間まで部屋に居させていただければ助かります」

困った顔で頭を掻いた総司が仕方なく、床の傍で帯を解いた紅糸にそういうと、くすくすと朱色の襦袢に着物を羽織っただけの姿になった紅糸が笑い出した。

「ほんに。噂通り、聞いた話通りのお方どすなぁ」
「は?え?」

こないな恰好で堪忍、と言いながら紅糸は布団の側へ総司を促した。

「花屋の姐さん方とは女将はん同士が仲良うしてはって、うちらもお座敷で一緒になる事が多いんどす。そやから珍しいお客はんの噂はまことしやかに耳にしてましたんえ」
「あ……、やだなぁ。そうだったんですか」

妓同士の噂話というにはもっと秘めやかな、妓達にとっては、うらやましいような話である。仲が良い同士でなければ、それもなかったかもしれない。花街に長い紅糸だけに、その話を知っていたともいえる。

「それに、手水に立った副長はんにはきつく、言われてましたんえ。沖田先生は、ほんに奥手やさかいに、うちが上手にするようにって」
「……はぁ。土方さんってばもう~」

頭を抱えた総司の肩にやんわりと手を添えた紅糸は、にっこりと微笑んだ。
客であり、恐ろしい新撰組の人斬り鬼と言われる総司に会ってみて、その意外な姿に恐ろしいよりも可愛らしいと思ったのだ。

「副長はんも、よかれと思てはるのやから悪う思わないでさしあげてくださいな」
「それは……、まあ。紅糸さん、本当にすみません!」
「うちはなんも。こないに楽しゅう話だけでお代がいただけるなんて上客も上客どす」
「そういってもらえると助かります」

顔を上げて、ほっと安心した総司は、紅糸が店に頼んだ、茶と饅頭を食べながらあれこれと他愛無い話で線香が燃え尽きるまでの時間を過ごすことになった。

「私が言うと本当に聞こえないかもしれませんが、紅糸さんは本当におきれいですねぇ」

のほほんとした総司の言葉に紅糸がにこりと笑う。確かに、年よりも上に見えそうなほど、色っぽく、どこか凛とした雰囲気の紅糸は、セイのような可愛い雰囲気よりも、綺麗という方が似合っている。

「ほんまどすか?それならうちも副長はんに呼んでもらえるやろか……」

小さな声でそう呟いた紅糸がほんのりと頬を染めて、枕元のほうへと視線を向けた。乱れた髪を直すための櫛が枕の小さな引き出しの中には入っている。
紅糸にとっては、太夫しか声のかからないくらいの土方が自分達のような若い天神に声をかけてくれたことだけでも舞い上がるような座敷だったのだ。

「紅糸さんは、土方さんが好きなんですか?」
「そんな!うちのような者が好きやいうのと違います。ただ……、一度でいいから声をかけてもらえたらて、夢を見てるだけどす」

大人びて綺麗な紅糸がほんのりと頬を染めて、小さな声で呟く姿が意外で思いのほか可愛らしく見える。総司は、とん、と自分の胸元に手を当てて見せた。

 

– つづく –