迷い路 12

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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厠から出ても、しばらく手水の前で座り込んでいた総司は、紅糸に付き添われて部屋へと戻った。

「すみません。少し飲みすぎたようです」
「大丈夫どすか?」

酒ではなく、水を貰ってきた紅糸は、ついでに冷やした手拭いも持ってきた。その手拭いで首筋をぬぐうと少しはほっとする。

「ありがとう。だいぶ楽になりました」

ざわめく胸を押さえて部屋に戻ると、隣室の艶な宴も静かになっていた。総司にとっても、それはありがたい。いくら土方とはいえ、仕舞で花代を払っていても門限までには屯所に戻るつもりだった。

あと半時ほどしたら、土方に声をかけて屯所に戻ればいい。

思いがけないことだったが、あれもたまたまセイに似ているように聞こえただけできっと自分の気のせいと、総司は思うことにした。

「沖田先生もお疲れなのですね。たまにはそないなこともあります」
「はは。そうですね。私も若いと思っていても年なのかな」
「まぁ……」

くすくすと笑いだした紅糸は、総司の様子がもとに戻ったようなので、やはり飲みすぎたのだろうと思った。

「先生方は皆様、お酒もお強いのでしょう?」
「いや、原田さんや永倉さんは底なしに飲みますけどね。土方さんはあまり酒が好きではないですね。あとは、斉藤さんが強いかな」
「土方はんがお酒がお嫌いとは思いがけないことどすなぁ」
「はは。あの人は、酒は付き合いか女性を……っと。すみません」

うっかり余計なことまで言いかけた総司に紅糸はますます、おかしくてくすくすと笑いだした。話をしているうちに、総司も先ほどの鬱屈を忘れて気が落ち着いてくる。

頃合いを見計らって、紅糸はちょっと、と部屋を出て行った。しばらくして戻ってくると、熱い茶を運んでくる。

「もうそろそろやと思いますから、お声かけてきましょうか」

気配りの行き届いた紅糸に総司は礼を言って頷いた。屯所に戻るにも熱い茶はありがたい。
その間に、紅糸は部屋を出て土方のもとへと声をかけに行った。

 

 

 

土方と共に屯所に戻った総司は、なるべくセイと顔を合わせずに済むようにと、願っていた。大階段を上り、静かな屯所の中を歩いていくと、ほとんどの隊部屋は灯りが消えていて、ほっと息をつく。

土方が部屋に入るところまでついていくと、廊下に片膝をついた。

「それではおやすみなさい。土方さん」
「ああ。ご苦労だったな」

頷いた土方に頭を下げて総司はようやく一息をついた。静かに隊部屋へ向かうと妙に疲れがどっと押し寄せてくる。そっと隊部屋の障子を開けようとした総司がそこに立った瞬間、中からすうっと障子が開いた。

「!」

ぎくっと、後ずさりかけた総司の目の前にセイが立っていた。

「おかえりなさいませ」
「かっ」

しーっと指を立てたセイに止められると、総司もあっと口をつぐんだ。小声で迎え出たセイはそうっと総司を中へ引きいれた。驚く総司を前に、セイは乱れ箱にきちんと用意してあったものを差し出した。

「お疲れ様でした。こちらにお着替えを用意してあります」
「神谷さん、どうして……。先に休んでいてよかったのに」
「そうは参りません。組長がお戻りになるまでは」

夜着に着替えはしていたが、セイの床は二つに折り返され、そこに座って待っていたらしい。総司の床も支度されてあった。

戻ってすぐにこうしてセイに出迎えられるとは思っていなかったが、こうして部屋の入り口で待ち構えられてはどうしようもない。驚いたのもつかの間で、気まずい思いで総司はなるべくセイの顔を見ないようにして刀を置いた。

屈みこんだセイが夜着を差し出すと、総司はしかたなく羽織を脱いだ。

「今日も副長はご機嫌でお戻りですか?」
「ええ、まあ」

―― 本当によくまぁ……

呆れもするが、それで土方の機嫌がいいのであれば、隊の中も平穏である。付き合わされる総司の方はたまったものではないだろうが、心のどこかでは総司の誓いがありがたくもあった。

袴を脱いで、長着も脱いだ総司は、セイから差し出された夜着を羽織った。自分の着物についた香しい匂いさえ気になるところだが、今はとにかくセイから離れた方がいい気がする。
急に、座敷から聞こえた妓の声が思い出されて胸が苦しくなった。

そんなことなど知らないセイは、羽織から順にたたみながら話しかける。

「しばらくは、沖田先生も大変ですよねぇ」
「えっ?!」

とにかく、セイから少しでも早く離れることを考えていた総司は、つい声を抑えることを忘れてしまった。何気ないセイの一言がどういう意味を持っているのか慌てた総司だったが、セイはきょとん、として顔を上げる。

「だって、副長には今、馴染みの方がいらっしゃらないのでしょう?」

―― だから気楽に遊び歩いているんじゃないんですか?

「あ、ええ。そうですね。そうです」

まさか、自分を引き回すためだとは、セイも知らないだけに、あたふたと答えた総司は、どうにもきまりが悪くてしかたがなかった。
急いで着替えを終えると、セイの顔を見ずにそそくさと布団にもぐりこむ。セイには背を向けて、布団を引きかぶりながらぼそぼそと呟いた。

「どうもありがとう。あなたも早く休んでください」
「あ……。おやすみなさいませ」

いつになく落ち着きのない総司に怪訝な顔を向けたセイは、肩をすくめると、総司の脱いだ着物を畳んでから横になった。

– つづく –

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