迷い路 3

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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「総司はいるか」

一番隊の隊部屋までわざわざ足を運んできた土方に、セイが立ち上がった。

「小用だとおっしゃって先ほど出て行かれましたけど」
「そうか。神谷、お前、総司を探して来い。他行に付き合せる」

それを聞いたセイの目元がぴくっと動いたが、あえて逆らわずに承知しました、と答えた。
すぐに隊部屋を出たセイは、隣の隊部屋の前から庭下駄を引っかけると庭先に降りて厠の方へと向かう。近くまで行くと、板塀に沿って表から呼ばわってみる。

「沖田先生いらっしゃいますか」
「はい?」

厠の中ではなく、中庭の方からひょっこりと顔を覗かせた総司をみてセイが飛び上がった。

「びっ!……くりした。どこから出ていらっしゃるんですか」
「どこって、厠から出てくるよりましでしょう?なんです?」

確かに厠から用を足している最中に顔を出されても気まずい。そりゃそうだけど、とぶつぶつこぼしながら、セイは我に返った。

「そうだ。副長が他行に付き合せるので沖田先生を探して来いと言うので参りました。沖田先生?」

その顔にはありありと困惑の色が浮かび、腕を組んだ総司ががっくりと肩を落とした。

「もう着替えていましたか?」

土方が外出の支度をしていたか、と尋ねると先ほどの土方の姿を思い浮かべたセイは首を振った。

「まだ朝から変わらない普段着でいらっしゃいましたよ」
「そうですかぁ……」

微かにため息をつくと、それを聞いたセイが眉を顰めた。
土方の他行が珍しくも遊びなのはセイも知っている。昨日機嫌よく帰って来た土方、自らがそう言っていたのだ。

「お供で行かなくちゃいけない先生も大変ですねぇ」
「全くですよ。土方さんはもてるし、敵娼も決まっているわけじゃなくて気ままに遊んでいるからいいかもしれませんけど」

―― 私はそんなことはありませんからねぇ

ぽろっと他意なく呟いた言葉をきいて、セイは、すっと視線を逸らした。

「……存外、沖田先生も、もてていらっしゃるのかもしれませんよ。お気づきにならないだけで」
「えっ?」

セイの言葉の意味を理解する前に反応してしまった総司は、頭の中で何度も繰り返すと、それがどういう意味でいわれたことなのかものすごく気になってしまった。

「そんなことはないと思います!花街で私がもてるなんて、あり得ませんよ!」

―― ……あなたにならそう想われたいところですが……

言いたくても言えない一言を飲み込んで、とりあえず誤解されていたら困るので否定にかかる。
ただでさえ、こうして供とはいえ花街に足を運んでいて、どう思われているのか気になるというのに、余計な邪推はされたくない。

むっつりとセイが立ち止って、おろおろとセイに向かって手を伸ばしかけた総司をちらりと見る。

「……先生は野暮天ですから。それじゃあ、副長がお呼びなのはお伝えしましたので、どうぞ楽しんでいらしてください」
「ちょっ、楽しんでってどういう事ですか?私は、神谷さんってば!」

総司が何もないだろうということはわかっているつもりでも、相手も仕事であり、可愛らしい娘もきれいな人もたくさんいる。どこでどうなるかなどわからないのだ。
そう思うと、なんだかこれ以上話を聞きたくなかったセイは、総司が止める声も聞かずにさっさとその場を離れた。

「ああ……。神谷さん」

間違いなく、セイの機嫌を損ねたと思った総司は、がっくりと肩を落とした。
決して望んでいるわけでもないのに、勝手に引き回される羽目になって、そのおかげでセイには妙に疑われて機嫌を損ねるなど、総司にとっては不本意でしかない。

「はぁ~……」

それもこれも、土方のせいだ、と思っても原田達の誘いを断るのとはわけが違う。
ともすれば、士道不覚悟とでも言い出しかねない土方の命令である。

渋々と、庭先から隊部屋に戻ると、のろのろ着替えた総司は、姿の見えないセイを気にしながらも土方の元へ向かった。

「沖田です」

仏頂面で声をかけた総司に、かたや、うきうきと支度を整えていた土方は、豆鉄砲でも喰らったような顔になる。

「なんだ、お前。その顔」
「平目顔についての詮索は今更、無用に願います」
「誰もそんなことは言ってねぇよ。何を不機嫌そうな面してやがる」

―― そりゃあ、土方さんとは違いますからね!

思う相手がいるにも関わらず、揚屋に上がることが楽しいと思うほど、総司は妓遊びに入れ込んでるわけでもなかった。ただ、それを正直に口に出すことはしない。

「お腹が空いてるからかもしれませんね」

肩を竦めて見せた総司に、いつまでたっても餓鬼だな、というと、いそいそと土方は外出を告げた。仏頂面はさておき、土方の後ろについて屯所を後にすると、昨日と同じ店に上がる。

「すまんが、こいつが腹が減ったとごねるのでな。先に何か見繕ってくれ」

女将に心付けをはずんでそう頼むと、自分は懐から扇子を取り出して、ぱちりと開いた。

「で?お前は今日はどうするんだ?」

本来なら、同じ妓を指名するところだろうが、それもこれも妓遊びに慣れていない総司を引き回すと言う名目がある。土方は、扇子を玩びながら、夕餉が運ばれてくるのを待った後で、その夜は蔓花を連れて行った。

明らかに落胆の色を見せた紅糸に、申し訳ないとは思ったが、今夜も総司が紅糸を指名してしまえば、総司の敵娼が紅糸になってしまう。
仕方なく、浪里を頼んだ総司は、部屋を出る間際に目礼を送って紅糸に詫びた。

「嬉しい。うち、沖田先生のような方、大好きなんどす」

部屋に入るなり、べったりと総司に抱きついてきた浪里は、さすがに土方が一番先に声をかけただけはあった。慌てて引き離そうとする総司の腕をかいくぐって、しなだれかかってくる。

「あ、あのっ、浪里さん。まずは落ち着いて」
「あん。副長はんから、沖田先生に色々と教えて差し上げる様にて、いわれてますし。うちが、ええ夢をお見せします」
「いやいや、あのっ」

思う以上に押しの強い浪里に困った総司は、紅糸のように、話をして納得してもらうのは無理と思うと、どうやって逃げようか妙な汗が滲んだ。

 

– つづく –