月読の宴 2
〜はじめの一言〜
こんかい、なぜか非常に淡々としたお話になっちゃいました。なんでだろう??
BGM:月のきれいな夜には
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
立冬とはいえ、今年の夏は随分足が重いようで、いつまでもしつこいくらい暑さが残った。
だから、時期を外してしまったからということで月読を望んだ手代木の言い分はわからなくもない。だが、公用方の中でも新選組に好意的ではない人物を数えると一番目か二番目に名前が挙がるくらいの人物がわざわざ新選組まで足を運ぶとなれば何かあるのだろう。
セイはそこまでは理解したうえで、賄いどころに今日の宴の指示をだして、小者には今年一番の新酒を手に入れるために酒屋に走らせた。
「神谷さん。これを」
「ありがとうございます」
総司が局長室と副長室からそれぞれの着物を畳紙に包んだものを運んできた。幹部棟の小部屋で小さな火鉢に専用の覆いをかけてすでに温めてある。
火熨斗の支度もしていたが、セイの始末がきちんとしていたおかげで少しの手間で済みそうだった。
「すみません。文句の一つも言いたくなるでしょうにいうな、なんて酷なことを」
「沖田先生。……私は武士ですから。上司の命令に文句を言うほうが駄目なんですから叱ってくださってありがとうございます」
広げていた着物をわきに置いて畳に手をついたセイの頭に、そっと大きな手が置かれる。
「今日は、特に……。土方さんにとっては不本意で仕方がないので特別機嫌が悪くて……」
ゆっくりとセイの頭を撫でて後れ毛を撫でつけた手が離れると、頭を上げたセイの前に近藤の着物を広げた総司は目をそらしたまま続けた。
「先日、五番隊がまた見廻組とひと騒動ありましたからね」
「あれは!だって、局長がわざわざ黒谷まで出向かれてお詫びをされたと」
「それはそうですが、上だけで解決してもどうにもなりませんから」
確かにそれはそうだが、その話と今回の宴がどうつながるのだろうと思っていると、小さくため息をついた総司が何気なく呟いた。
「今日、おいでになる手代木様は、見廻組の佐々木殿の実兄なのですよ。わざわざ新選組をお好きではない方が間を取り持ってくださるために足を向けてくださるなら、私たちもできる限り礼をつくしてもてなすべきでしょう?」
「そう……だったんですか」
半呼吸ほども間をあけたセイの顔をひょい、と間近で総司がのぞき込んだ。
「神谷さん?」
「う、はいっ!」
「大丈夫ですよ。神谷さんが全力で迎えてくれるならそれは間違いないでしょうから」
言外に、余計なことはするな、と言いたげな総司にセイはぽっと顔を赤らめてから慌てて顔をそらした。
「どうせまた私が余計なことでもするんじゃないかと言いたいんでしょう?」
「いいえ?神谷さんのこと、信じてますから」
ちょん、と鼻の頭をつつかれたセイは耳まで熱くなるのを感じた。恥ずかしくなって、脇に押しのけた着物に手を伸ばした。
火鉢のそばに置いていた小さな箱を片手にしてくん、と香りを確かめて一片を火鉢の上に乗せると着物に香りを焚き染めていく。
「土方さん、ですね」
「はい。これが一番副長のおきにいりでもありますし、腹は立ちますけど、副長が一番かっこいいですから」
くすっと笑った総司は、セイが焚き染めていくのを横にいて眺めていた。
それを終えると、総司は隊士たちを連れて局長室と副長室をあけ放ち、部屋の支度にかかる。いつもならもっと肌寒いくらいのはずだが、今年は少しひんやりするくらいでまだまだ火鉢も不要なくらいだ。
まして、酒を飲めばもっとだろう。
念のために副長室につながる小部屋の境に小さな火鉢を一つ用意した。それから、二部屋をつなぐ襖を外してほかの部屋へと運ぶ。
毎朝、セイが二部屋とも拭き清めているが念のためもう一度きれいに磨き上げられている間にほかの隊士たちが庭にかがり火の支度をする。
今日はそれほど雲も多くないから月の心配はする必要がないだろう。
着々と準備が整う中でもう一つ、セイから頼まれた通り大きな屏風を納戸から運んできた隊士が姿を見せた。
「あ、ご苦労様です。それはこちらの副長室の端に広げてください」
「はいっ。これ、一番奥にあって滅茶苦茶重いですよ」
「そうですね。めったに出しませんからねぇ」
五人がかりで運んできた大きな屏風は漆塗りに墨塗りの枯山水が描かれている。
あっさりと答えた総司に恨めしそうな眼を向けながら隊士たちが広げているのをもう少し、こちらへ、とあれこれ指示を出す。局長室から見れば少し斜めに見えるようにたてた後、廊下の障子をきっちりと閉めた。