月読の宴 5
〜はじめの一言〜
急に寒くなったな―。皆さまお体には気を付けて。
BGM:月のきれいな夜には
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末席にいた総司が後ろを振り返るように、そちらへと向き直ると屏風の陰から姿を見せたのはセイだ。床に手をついていつもと変わらないが、その手に真っ白な白扇を手にしている。
「僭越ですが、座興に一差し舞わせていただきます」
「神谷さん?」
「ほう。神谷くんが……」
すっと立ち上がったセイは、静かに、深く息を吸い込むと手前にむけて扇を開いた。
決して大きな声ではなく、どちらかといえば細く長く、たなびく雲のように時に聞こえる。長くはないが、男にしては高い声のセイが男の謡を口ずさみながら月を背に舞う姿は、美しく、呼吸をする音が聞こえそうなくらい冷えた夜の空気を纏う。
さして長くない時間。
舞い終えたセイが扇を閉じて畳に手をついて頭を下げた。ようやくその時になって、手代木や近藤が我に返る。
「あ……、いや、素晴らしい。これはなんとも……」
「いやあ。そういっていただけるとありがたい。神谷君はこれで医術の心得もありましてな。武士として己を高めようとすることにいささかも迷いがないのですよ」
「なるほど。いやいや、近藤殿、土方殿。口の悪い人々の中には貴殿ら新選組を浪人組という者たちもいるが、さにあらず」
盃を膳に戻した手代木は、膝に両手を置いた。
「いや、お見事でござる。今宵はよいひと時を過ごさせていただいた。礼を申す」
「なんの、なんの。こちらこそ、手代木様にご満足いただけて何よりでござった」
隊に姿を見せた時とは全く違う。その顔つきが出だしとは違って、酒もしたたかに飲んだはずだが足取りもしっかりしたもので、駕籠に乗っていく姿はさすがと言えた。
大階段の前で手代木を見送った後、近藤たちが部屋へと戻るともうすでに部屋は片づけられてそれぞれの部屋は床の支度も済ませてある。
「お疲れ様でございました」
「やあ、神谷君。今日は本当にご苦労だったね」
近藤と土方にことのほかねぎらわれたセイは、明日の隊務まで好きにしていいといわれて総司とともに屯所を出る。
「先生!ほら、見て」
はしゃいだセイが月を指さして見上げた。
目を細めて総司はそのセイの横顔を見る。
―― ……月の下で舞う姿は男なのに艶やかで、こうしてはしゃぐ姿は清しいほどで、夜の人を寄せ付けないような空気に溶けてしまいそうだ
「神谷さん!」
「はい?」
「あ……、いや……」
振り返ったセイに総司はしどろもどろになる。
セイの隣に立った総司は誤魔化すように笑って見せた。
「……月が、きれいですね」
「ええ!ええ、本当に!」
「でも、このままじゃ冷えちゃいますよ。さ、行きましょう」
大きな手で冷たくなったセイの手を握りしめた。
—end