月読の宴 4

〜はじめの一言〜
そういえば、ボリューム感もだいぶくるってしまった気がする。

BGM:月のきれいな夜には
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「今のが噂の阿修羅殿かな?前髪とはいえ、さすがの見目麗しさだが……」

セイが酌をせずにすぐ下がってしまったことを惜しむような視線を送る手代木に、近藤はにこやかに酒を勧めた。

「そうなんです。あの子はよく気が付く子で隊の内々の仕切りはほぼ任せられるのですよ」

酒もセイが指定のものである。京でも名高い藤野屋の酒だ。新酒だけあって、ふわりと鼻先を抜ける香りは華やかで後を引かずさらりと消える。

「や、これはうまい」
「それはよかった。さあ、箸をつけてくだされ」

ほのかな甘みが次の一口、と進みそうになる酒と、まだ色づき始めた紅葉をあしらった膳に手が伸びる。

うまい酒と、そこらの料亭に並ぶかという料理に、たちまち手代木は上機嫌になった。

どんな相手にも敬意をもって接する近藤の実直さには、もともと江戸詰めだった手代木にあまり響きはしなかったが腰を落ち着けてみておや、と気が付く。

「この香は土方殿かな?なかなか雅な……」

近藤と土方のそばに控えている沖田が酒を勧めながら控えめに告げた。

「それぞれ違う香を焚き染めているのですが、さすがお気づきになるとは……」
「うむ、少々たしなんでいてな」

ふ、とわずかに笑みを浮かべた土方がさらりと水を向ける。もともと社交は土方のほうが得手なのだから、嫌々とはいえ、酒を口にしだすと手代木をいい気分にさせることなど造作もない。

そして、海老を叩いてすりつぶしたものにあられをまぶして揚げたものに箸が進んだ頃、月が高くなり大きく開いた障子の向こう側にはのぞき込まなければ見えなくなった。

「だいぶ高くなりましたな」
「そうですな。いや、思いのほか楽しい夜になった」
「それはようございました」

廊下のきしむ音が聞こえて、また何か運んできたのだろうと、そろそろ飽きが来た土方が顔を向けた。姿を見せたのはやはりセイである。

「ご無礼いたします」
「神谷、酒か」
「いえ、そろそろ月も高くなってまいりましたので、少し冷えてきたころかと思いまして」

確かに開け放った部屋の中は、初めこそよい心持ちだったが膳が進み、酒が進むと程よく暖かくなり、そして冷えてくる。
話が途切れたため、ちょうどよいと手代木が手水にたった間に、セイは廊下の障子を閉め始めた。

「神谷さん。言われた通りにしてありますが、どうしようっていうんです?障子を閉めてしまうとせっかくの月見が……」
「沖田先生。月読ですよ。少しお待ちを」

怪訝な顔をする総司に頷いて見せたセイは、廊下の障子をすべて閉めて、小さな火鉢を近藤たちのいる局長室に移動させると、局長室からまっすぐ突き抜けた先の廊下の障子を開いた。

「おおっ」
「ほう?」

セイが総司に頼んでおいた屏風が斜めに置かれ、その屏風の向こう側の障子をすべて開け放った向こう側に月が見えた。
屏風に描かれた松の枝が月に向かって手を差し伸べているように見える。

一面が一つの絵のような空間をみて手に盃を持ったまま手代木はあんぐりと口を開けて、わずかに身を乗り出した。