その願いさえ 11

〜はじめのつぶやき〜
一番隊のみんなは先生とセイちゃんを応援していたでしょうけど、後から来たらどう見えたんでしょうねぇ?

BGM:Je te veux
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しばらくして、頭上からひらりと一枚の葉が落ちてくる。

「……」

いたのか、という気持ちとそうだろうな、という気持ちがあって、総司は手のひらでその葉を受け止めた。

「……お前はどう思う」

今度は大きく、葉擦れの音がして、総司のすぐそばに木の上から斎藤が下りてきた。

「いきなりですね」
「今更前置きも何もなかろう」

いつからいたのかまではわからないが、おそらく話はすべて聞いていたのだろう。
そんな斎藤に総司は懐のものを見せる気はない。

「郷原さんは、よく見ていると思います。武士らしい武士、というのもここには少ないだけにいい風になりますね」
「……そうか。東のほうはどう思う」
「藤堂さんがみていらっしゃるでしょう。私が口を出すことはないと思いますよ」

ふ、と斎藤から視線をそらした総司は、そのまま隊部屋のほうへと戻っていく。その総司の顔に笑みはなかった。

東は日野のあたりの出だというが、監察方の調べによればどうもその話は嘘のようだ。

近場から共に京へと上ってきたほかの者たちに探りを入れるまでもなく、近場の者だということでともに京へと向かったが、正直なところこの旅で初めて知り合いになったものらしい。
人懐こい性質であっというまに気心がしれたようになったようだ。

隊に入るにはその出自を確かめる。
セイが入ったころとは違い、今は特にそうだ。

屯所が西本願寺に移ったあたりにはもう、監察方の仕事は多忙を極めている。

―― 東さんに疑いがあるとなれば身上書に偽りがあったのか……ただ……

総司は東のことよりも新平のほうが気になっていた。
セイが面倒をみている、ということもあるが、郷原は隊には不似合いなほど武士らしい武士だ。

まだまだ懐手で歩く者や、髷も乱れていたり、身なりにも構わない者。さすがにあまりにひどければ組長が声をかけてはいるが、郷原の印象は、どちらかというとかけ離れていて、例えるなら斎藤にひどく近い。

隙のない立ち振る舞い、物腰や知見も広い。

一番隊にはありがたい人物ではあるが、それほどの男がいくら新参者とはいえ、セイの手伝いのような雑事を進んでやるだろうか。

―― 考えすぎならいいんですけどね……

新平に、何かを探る様な不穏な気配は見えないが、もし間者だとすればそれも当たり前ではある。

総司の頭には、どうやら新平を気に入っているらしい、セイが傷つくようなことにならなければよいがという思いがよぎった。

総司が隊部屋に戻ったときに、新平は部屋にいた山口と手慰みに将棋を始めていた。

「あまり強くないのでお手柔らかに」
「へっへ。じゃあ俺の勝ちはいただきか?」

そういいながら盤を目の前にしながら、たわいもない話に花が咲く。

「しかし、神谷さんはあれですね。なんというか」
「なんだよ?」
「沖田先生が本当に好きなんだなぁと」

ははっ、声を上げて笑い出した山口は自分のことのようになぜか自慢げだ。

「そらそうよ。あいつの沖田先生への想いは年季が違うんだからな」

先輩だからといって気を使わなくていいと新平にいって、山口は駒を手にした。

「俺たちの屯所がここに移る前、壬生の屯所時代から沖田先生一筋だからな」
「はぁ……。つまり……?」

衆道の仲なのか、と暗にほのめかすとますます山口の顔がなぜか自慢げになる。

「違う違う。あの二人はそういう下世話な間柄じゃねぇ。そりゃ、俺たちもうまくいってくれればとは思うけどもよ。あの二人はそういうんじゃねぇんだよ」

首をかしげて頭を上げた新平は、山口の背後に立って苦笑いを浮かべている総司に、豆鉄砲でも食らったような顔になる。

「あの二人はな。なんていうか、こう同じ方向を向いて、ただ真っすぐなんだよ。まっすぐで、だから俺たちも応援したくなるんだよなぁ」
「そんな誤解は副長にでも聞かれるとどうなるか……」

しみじみとそう口にした山口の背後から腕を組んだ総司がのぞき込むようにして呟くと、山口が腰を下ろしたままだというのに、一尺あまりも飛び上がったように見えた。

「うわぁっ!!沖田先生!」
「そんな噂話をしていると、神谷さんに叱られますよ?」

紙のような顔色になった新平と、こちらは真っ青になった山口を見て隊部屋の中はどっと笑い声に包まれた。
慌てて座布団を除けて畳に額をこすりつけた山口を見ながら、新平は妙におかしくなってきて、ここにきて初めて腹から声を出して笑った。

「おや。郷原さんも聞き役だったくせにそんなに笑うなら、一手私と勝負しましょうか」
「ははっ、申し訳ありません。私は、……くくっ、こちらの方はあまり強くはないのですが……」
「猶更逃げは許しませんよ?」

そういって、山口の代わりに新平の向かいに腰を据えた総司と、盤を前に新平は向き合うことになった。