その願いさえ 16
〜はじめのつぶやき〜
今度こそ、そんなに間があかないうちに更新できた!
BGM:Je te veux
– + – + – + – + – + –
「生憎と私が隊部屋の神谷さんの行李を漁るわけにもいかず、ひとまずこうした手配りをさせていただきました」
話している間に、茶と大福が運ばれてきて、その間も身を竦ませていたセイにとっては大福どころではなかった。総司と新平の顔をちらり、ちらりと眺めていたが、そのうちに経緯を知った総司がセイに向かって目を吊り上げる。
「神谷さん!あなたという人は……?!」
ひっ、とさらに身を縮めたセイが畳に額を擦りつけた。
「申し訳ございません!」
「いいえ!……いいえ、今日という今日は許しませんよ!郷原さんがいてくれなかったらどうなっていたと思ってるんですか!」
こんこんと説教をする総司と再び畳と仲良くなっているセイを見ながらふと、新平がのんびりと一言を放り込んだ。
「……今頃、その本性がばれて、どこかに連れていかれて、どうなっていたでしょうねぇ」
わざとなのか、どういう腹なのか、一瞬、顔を見合わせた総司とセイは鼻白んだ。
だが、一呼吸おいてから総司はますますセイを叱りつけた後、しばらく顔も見たくないから屯所に戻ったら小者の手伝いをしているようにとセイに言いつけた。
「そんな、沖田先生!」
「言いつけがきけな人は組下にいりません!さっさと屯所に戻って今度こそ正式な沙汰を待っていなさい!」
ぴしゃりと言い切った総司にうなだれたセイは、ぐっと手を握りしめて頭を下げた後、一人、屯所に戻っていった。
セイが出て行ったあと、くい、と首を回してこきりと音をさせた新平は、さて、総司がどう出るか、そちらに興味があった。
「……郷原さん」
「はい。沖田先生。なんでしょう」
「……全力の笑顔ですが」
どういう顔をすればいいかわからない、と正直に顔に書いてある総司に笑顔をひっこめた新平はその場に手をついた。
「沖田先生。ここまで、熟慮いたしましたが、何事にも変わらぬものと変わりゆくものがあるかと。ただし、今それを変えることは某の分ではござりませぬ。おそらく、某に思いつく程度のことなどすでにお考えの内にはあるものと存じます」
「ご……、それはっ」
「ですから」
真摯に目を向けた新平も、本当はセイが女だとわかってから、様々な感情に襲われていた。
隊にいるほかの者たちとはもともと新平は違う。生粋の武士である。
だからこそ、身を偽ることなど許されるものではないと思っている。
女子は家を守る者であり、男のように刀を持ち出歩き、女子としてすべき義務を果たさないことも許されないと思っている。
だが、そんなことはきっと総司もわかっているだろう。
そして、そんなセイをどうすべきかも。本来はやめさせてどこかよい、家柄の武家に嫁に出せばいい。
それが分からない総司ではないだろうからこそ、それができないでいる今。
―― 私がその仮初めの時間を壊すのではない
「某は何も存じません。見てもおりません。誰をかばうことも致しません。これまでと何も変わりはございません。それでよろしいですね」
「郷原さん……。貴方、どうして……」
「私のすべきことはほかにございますから」
苦笑いを浮かべた新平を見て、しばらく、何かを言おうとして口を動かしていた総司は、上げかけた腰をゆっくりと下ろした。
思うところは色々あったのだろうが、総司はゆっくりと口を開く。
「有難うございます……。いつか……、いつかを考えないわけではありません」
苦渋が滲んだ総司の絞り出すような言葉に新平はあえて口を開かなかった。その責任は、これまでセイを隊に置いてきた総司が背負うべき責任で、何度も何度も、おそらく考えたことだろう。
―― 俺にも身に覚えがないわけじゃないな。京に上る時に、というより、この仕事を引き受けた時に何度も考えた……
今を、どうにかできないかと何度も考えた。そして、自分にできることがあるということは武士として、恵まれているのだろう。
すべてに理由がある。
生きることにも、その術も、道行も。
「……私は、運命という言葉は好きではありません。決めるのは自分です」
「そう……ですね」
総司にとっては耳が痛くもあるが、新平の反応が予想したものとは違ったことにはほっとしたのは間違いない。
仮に、もし知られたのがほかの一番隊の隊士だったとしたら、もっと全力で総司とセイのために動き、逆に新しい疑いの芽を作ってしまったかもしれない。
それに比べれば斎藤と同じくらい望ましい反応だ。
「沖田先生」
ふいに新平が口を開いた。
「戻りませんか。屯所に。神谷さんが戻ったなら、我々も帰らないと」
「郷原さん……」
「はい?」
淡々と口にした新平をなんとも言えない顔で総司が見つめる。
「……あなた、なかなか食えない人ですね」
「……っふ」
まじまじとそんなことを言われたのは初めてで、どう反応しようかと思っているよりも先に、口元が緩んだ。
吹き出した息は堪え切れずに頬の筋肉を震わせる。
「……、すみま……ふふっ」
「……しかもなかなか男前なことを言ってくれますし。もう……、どうしてうちの組の人たちはそんな人ばっかりなんでしょうね」
「そりゃあ……」
堪え切れずに笑い出した新平を前にぶつぶつとこぼす総司を見ていると、とてもこんな無茶を受け入れている人とは思えない。まして、昼行燈のようでいて、その厳しさは土方直伝と言われるくらいだ。
それなのに、セイにだけは甘くて……。
―― なんなんだと言いたく……
はなから、あり得ないと思っていたことを思いついた新平は目を丸くして総司を眺めてしまう。
「そりゃ、そうですよ、ね……。その一番手の頭が沖田先生ですから」
「えっ?!私ですか?私のせいってことですか」
「自覚がないのがびっくりですが、きっと一番隊の皆全員が頷くと思いますよ。神谷さんも含めて」
そう呟くと、肩を竦めて新平は腰を上げた。