その願いさえ 17

〜はじめのつぶやき〜
い、一か月はひらいてませんとも!

BGM:Je te veux
– + – + – + – + – + –

―― なるほどなぁ……

わかってみれば何ということもない。

他の隊士たちと同様にみえて、小さな気遣いに溢れていた。
さりげなく、さりげなく、同じように扱っているかと思えばセイを慮っている。

新平は、取り立ててその事実を引き出すわけでもなくただ、様子を眺めていた。

本当にすべき仕事は他にある。

隊に身を馴染ませてからしばらくたって、すべきことは難しいがそれなりに動けるようになってきた気がした。

朝礼後に幹部棟で交わされる会話も大事だが、存外セイの掴む情報のほうが侮れないのも変わらない。
目下の新平の気がかりは土方と伊東の関係だろうか。

伊東はやはり参謀というだけあって動きが読めない上に、外向きの対応には長けている気がする。

沼屋に足を向けた新平は、注文する前に腰を下ろしてすぐ具沢山の汁ものが運ばれてきた。

「おや?」
「あちらのお客様から……」

着流しの男が振り返り会釈をする。そこにいた男に新平は目を見張った。

―― 岡安殿、がなぜ……

江戸詰めのはずの家老職の岡安が京にいることに驚く。

驚いたものの、近づいては来ない岡安に気を取り直して、汁を頂くことにする。京の味付けとはやはり異なる味付けの懐かしさにほっと口元が綻んだ。

岡安が姿を見せた代わりに、新平の傍に来る者はいない。

つまり今回はこれで終わりということだろう。
そう思っていた新平の傍に、岡安は大胆にもしばらくして腰を上げると近づいてきた。

特に何も言わずにただ頷いて見せた岡安は、塗り笠を手にするとそのまま店を出ていく。新平は、すぐさま腰を上げてその後を追った。

塗り笠姿は江戸では見慣れているが、京ではあまりない。その後ろ姿について追っていくと、細い小道をはいり、大店の裏手にあたる路地で岡安は足を止めた。

「久しいな」
「何事です?私を驚かせて楽しむには手間をかけすぎです」
「江戸から京へは遊山でとはいかぬか」

江戸家老が言うのでなければ頷きもするが、苦笑いを浮かべた新平に、笠を少しだけ上げて見せた。

「どうだ」
「報告は受け取られているのでしょう?」
「そうだな。だが、江戸まで届くには日がかかりすぎる」

確かにそれは紛れもない事実で、早飛脚で送ったとしても数日はかかる。
さて、とその先を待つ新平に、岡安は口を開いた。

「伊東という男はどうやら新選組において、異物のようだな」
「……参謀という立場ですが、副長とは微妙な間柄にみえることは確かです」
「近藤や土方とは違う」

まだこちらに向かう前に岡安が評していたが、近藤や土方はまるで会津の者であるかのように、どこかまっすぐすぎるほどの真っすぐさであり、どこまで行っても田舎者なのだといっていた。

腹の探り合いや騙し合いが当たり前で、その中でいかにうまく立ち回りながら塩梅を押さえるかということをさらりと粋にこなすことが当たり前の岡安達にしてみれば、どれほどこなれて見せようと、同じ土俵に乗るにはまだまだなのだという。

監察方があって、隊士たちだけでなく、市中の動向や幕府の動きを含めて探るというが、各藩や公儀が抱えるそれらとはとても、比べ物にはならない。

「どうやら、伊東という男は近藤ではなく土方を選ぶようだな」
「……は?」
「さて、それさえどちらに転ぶかも楽しんでいるようだが、確かにその手のものは身内でありながら自分たちの首領を引きずり下ろす気らしい。しばらくの間は、身辺に気をつけるべきだな」

たったそれだけの断片的な話では詳細まではわからないが、伊東の周りからきな臭い動きがあり、近藤の身辺が怪しいということらしい。

ふ、と渋い顔になった新平は懐に手を入れた。

「いよいよ隊士らしくなったようだが……、あまり情を移すな。己の首が締まるだけだぞ」
「何をおっしゃるかと思えば……」

何かを思った新平に岡安はいつになく厳しい言葉をかける。だが、新平のほうは苦笑いで応じた。

「今更何を。今の私は隊士でございますよ。それを少しでも違うと思えば、彼ら狼が喉元に食らいついてくるでしょう。監察の者に気取られるほどの愚か者とは同じにされたくはありませぬが、未だにあちこちの手の者は紛れ込んでおりますよ」
「しかし……、その伊東の手の者には監察方の者もおるのだろう?」

おや、と新平は眉を上げる。確かに、遅れていても新平の報告は岡安の耳に届き、確かに頭に入っているようだ。

「手札をちらつかせるだけのためにおいでになったのであれば、確かに遊山といわれても驚きませんな」

肩を竦めた岡安は笠を上げていた手を下ろす。
そのせいで、表情は読めなくなるが怒った様子はない。

「……やれやれ。気の短いことだ。狼どもと共に暮らすことで洒落者から武骨な武士になったか?少なくとも己らの手は汚さないだろう。だからこそ、周囲には気をつけることだ」

新平が身を置く一番隊は、近藤の親衛隊でもある。
それを指摘した岡安は、周囲に目を配りながら腰の物を押さえて歩き出す。

「しばらくはこちらの藩邸にいることになった故、何かあれば繋ぎを、な」
「江戸も騒がしいと聞いておりますが……」
「さて。今、この国で騒がしくないところなどあるのやら」

岡安はそのままそぞろ歩きの武士のようにその場を離れて行き、周囲を伺った新平もゆっくりとその場から離れた。