その願いさえ 18

〜はじめのつぶやき〜
もう、この話忘れてる人が多いんじゃないかと(;・∀・)
BGM:なし
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屯所に戻る道はいくらもあるが、日ごろから遠回りに思えるくらいに周囲を歩いてから戻る癖がついている。

その途中で、新平は自分の勘に引っ掛かりを覚えた。
そこにいることがおかしいわけはないのに、町人姿の男と、ぼろぼろの笠に手ぬぐい姿の男が立ち話をしている姿に足を止めずに意識を向けた。

―― あれは……

笠の陰からのぞいた横顔には見覚えがあった。伊東の部下で内海が使っている手先のものではないだろうか。
名前は確かではないが、新平の探りも伊達ではない。

胡乱な、というだけでなく屯所に戻る道というには遠いが、たどる先ではある。その道でこの様とはただ事ではない。

―― 岡安殿が局長の近くが騒がしいといっていたがやはり何かあるようだな

近藤の周りが騒がしいということは一番隊にも動きが出るはずだ。
懐に片手を差し入れた新平は、そのままゆったりと歩いたまま、さらに遠回りしてから屯所に戻っていった。

大階段を上っていると、三番隊の斎藤と行き会う。

「む、郷原とかいったな」
「斎藤先生。お戻りですか」
「どうした。珍しく眉間にしわを寄せているな」

屯所の中で目立たないために、穏やかで常に落ち着いている新平は、ほんの少し、苦笑いを浮かべた。

「お恥ずかしい。つい、調子にのって具の多い汁物を過ごしすぎてしまいました。これでも遠回りして少しでも腹を減らせればと思ったのですが」
「……ふむ、食いすぎか。なにか気がかりなことでもあったのかと思ったが」

新平は内心、しまったなと思いながらわざと頭を掻いて見せた。

「気がかりと言えば、うちの組長と神谷さん並みに腹に入れるにはどうすればというくらいですよ。これもあのお二人のお供ができるようにと修行ですからね」
「……その修業は、ずいぶん難しいな」
「そうなんですよ」

斎藤の目が一気に同情に傾いたことにほっとしながら、新平は気を引き締めなければと思い直した。斎藤はどうやら会津侯とのつながりがあることは察しがついているだけに、その逆もまた気づかれているのかもしれない。

だからこそ、気をつけなければならないのに、ほんのわずかの表情から読み取られるとは。

「斎藤先生はどうされているのかぜひともお伺いしたいところですよ」
「……あやつらにそもそもついていこうと思わぬことだな」
「それは……」
「やむなく巻き込まれた場合は、運がなかったと腹をくくれ。俺から言えるのはそのくらいだ」

しみじみとした同情を込めた手が新平の肩に置かれて、三番隊の組部屋へと離れていく斎藤に会釈をして隊部屋へと戻った。

だが、そこから陰りを見せた雲は岡安がわざわざ告げに姿を見せたほどに、動きが早かった。

「沖田先生!」
「しばらく、一番隊は巡察の当番をはずれます」

偶さかの他行というには近藤の場合は、日ごろから、なのだが、お役のある方々に声がかかれば実直な近藤はすぐに都合をつけ、どこにでも参じる。時には土方に止められることはあっても、そのほとんどが躊躇いないからこそ、時には誘き出されるような場合も出てくる。

総司がひどく固い声で隊部屋の入り口で告げたのも、近藤が呼びされた店につく前に、不逞の者たちに襲われた、という報が入ったからだ。
いくらもしないうちに、その近藤自らが笑顔いっぱいで戻ってきたからこそ、皆胸をなでおろしたが、土方も総司も顔色を変えて出迎えに飛び出してから半刻ほどしかたっていない。

皆、予感があったのか、腰を落ち着けている者などわずかなくらい一番隊の隊部屋もざわついていた。

「局長のご様子は?」

神谷ほどあちこちに顔をだせはしない、ほかの隊士たちの声に総司の陰から顔を出したセイが目を吊り上げた。

「局長が手を焼くなんて沖田先生くらいなんですから、お変わりがないに決まってるじゃないですか!私たちがそんな風に騒いでいたらかえって局長が驚きますよ!」

一報をきいて、ともすれば土方や総司よりも先に飛び出しそうな勢いだったくせに、鼻息も荒く腰に手を当てたセイを見て、さすがの総司の顔も呆れ気味に崩れた。

「神谷さん……。それをあなたが言いますか」
「えっ……?!」
「あなたこそ、もう少し落ち着きを覚えたらどうですか。土方さんの部屋を飛び出して大階段まで走り回ったのはあなたくらいですよ。童じゃあるまいし」

ぱぱっと顔を赤くしたセイにしみじみと肩を落とした総司の両脇を山口と相田が回り込む。

「沖田先生。こいつに今更ですよ」
「そうそう。副長や沖田先生の代わりに突っ走るのがこいつの役どころじゃないですか」

今更セイの行動を諫めても変わるわけがない、と頷く二人に隊部屋の全員がもっともだと頷く。
そうしてようやく、総司がぷっと吹き出したのをきっかけに一番隊の部屋が笑いに包まれた。

一人、それはない!というセイだけが総司や隊士たちに躍起になって拳を振り上げているが、総司のこわばった様子に緊張の走った一番隊がいつもの様子に戻った気がする。

こうでなければならない。
仮にも一番隊の名を掲げているのだから。

隊士たちの誰もがそう思ったはずだ。
だからこそ、その笑いの気配に笑っているはずなのに誰の目も笑っていなかった。

きっかけにされたセイだけは別として、その空気は新平にも伝わってきて、冷静でいなければと思う反面、武士として胸が熱くなるのはどうにも止めようがない。

今どきはどこの藩でも、戦などほとんど経験したことがない者たちばかりである。
剣術さえおぼつかないものさえ多くいるというのに、今の世にこの新選組のような者たちは少ない方なのだろう。

―― だからこそ、惹かれてやまぬ、といえば岡安殿に馬鹿者と罵られそうだな

「おう、新平!お前なんだ、そんな顔をして」

いつの間にか苦笑いを浮かべていたのを見とがめられた新平は肩を竦めて見せた。

「臨時の出動が増えたら臨時収入が増えるじゃないですか。そうしたらまた沖田先生と神谷さんのお供があると思うと、自分の腹具合が心配になりまして」
「ちょ!郷原さん!」

それは違いない!と手と叩く隊士たちと、今度は新平に向かってきそうなセイに総司が割り込んだ。

「ほら、神谷さんのせいですよ。私は並みでいいのに、神谷さんにつきあうとねぇ」
「先生がそれをいいますか?!」

微笑ましいやり取りに、これで周りが放っておくはずもない、と思いながら新平はその笑いの輪に加わった。