雷雲の走る時 16

〜はじめの一言〜
あーあ。どこまでのびるやら
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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「副長、よろしいですか?斎藤です」

結局、斎藤はやることが山積みで屯所に帰った。逃げた者たちを捕まえるにも何にしても。

まずは副長室だ。

斎藤は、我ながら相変わらず勤勉だと思う。仕事していればどんな時でも、自分は自分でいられるような気さえしてくる。そうでなければ、仮に松本の仮寓であろうともあの二人をそのまま置いてくる気になどならなかったかもしれない。
そう思うと、セイの周りにはセイを好きでいても、唯一のものと思っていない男しかいない気がしてくる。

この目の前の男も、きっとその一人な気がしてきていたのだ。おそらく本人自身は決して認めないだろうけれど。

「逃げた奴等はどうした?」
「まだすべては捕えておりません。沖田さんに呼ばれて松本法眼の元へ行っておりました」
「神谷のところか」
「はい」

それから半刻近く、斎藤は土方の部屋にいた。

 

斎藤が副長室を出て、隊部屋に向かうと途中の一番隊の部屋から濱口が現れた。

「斎藤先生、沖田先生をご存じないでしょうか?」
「沖田さんなら」

―― 神谷について松本法眼のところだ

「外出しているんじゃないのか?」

もちろん、伍長なら総司の行方は知っているはずだろうが、平隊士には知らされていないかもしれない。答える斎藤の顔は幸か不幸か全く表情の読み取れない仏顔である。

濱口は一番隊の隊士にしては珍しく、斎藤に重ねて尋ねた。

「そうですか……、神谷もいませんしねえ。そう言えば、昨夜逃げた不逞浪士達は全員見つかりましたか?」

逃げた不逞浪士達の捜索には、今は井上の六番隊と藤堂の八番隊があたっている。斎藤の三番隊は徹夜明けの朝にまた探し回っていたので今は仮眠をとっている時刻だ。

「さあ、俺も外出から戻ったばかりなのでわからんな」
「そうですか。申し訳ありません、お引き留めしました」

濱口は思いのほか、あっさりと隊部屋に戻って行った。斎藤はそのまま三番隊の隊部屋を覗く。寝静まっているように見えて、そのうちの半数は体を横にしているだけのようだ。
彼らにしてみれば、反省しきりなのだろう。彼ら三番隊が捕まえた浪士達があっさりとその夜のうちに逃げたのでは面目がない。

斎藤はそのまま隊部屋を後にした。この他にもやるべき仕事がある。再び屯所をでて山崎が隠れ家にしている床伝に向かった。

「ごめん」

一声奥に投げて、斎藤が顔を見せると、中から伝六が顔をのぞかせた。

「斎藤先生、ようおいでやす。どないしはったんです?」
「山崎さんにちょっと用があってな」
「そやな、山崎はんやったらもうまもなく帰ってくるんやなかろか」

そういうと、伝六は斎藤を奥へ招きいれた。火鉢の前に座り、斎藤は伝六が茶を入れるのを黙ってみている。

からり。

奥の方から音がして山崎が裏から帰ってきたらしい。予想通り、部屋に入ってきた山崎は斎藤の姿を認めた。

「斎藤先生。どないされました?こんないなとこに珍しい」
「うむ。ちょっと聞きたいことがあってな」
「ほな、上にいきまひょか」

戸棚をすらりと開けると、なんとその奥は狭い階段になっている。きし、と音を立てて二人は中二階の山崎が住処としている部屋へ上がった。

「狭いところで申し訳ありまへんなぁ」
「いや。忙しいところにこちらこそ申し訳ない」
「して、なんですやろ?」
「率直に聞こう。今、隊士の中で調べている者は何名いる?」

山崎の眼がすうっと細くなる。その身を包む気配が一緒に変わっていく。

「なんですやろ、急なことですなぁ」
「もし下知がある話であれば、土方副長から誰か特定の指示でも出ているのか」
「さあて」

それきり山崎は黙って答えようとしない。これは他言無用といわれているのか、調べにすでに誰かの名が挙がっているのか。

「山崎さん」

斎藤の伸びた背筋から何かが漂う。しかし、そのくらいで口を割るようでは監察方は務まりはしない。そのまま斎藤は刀を置いて頭を下げた。ふ、と緊張を解いた山崎はいややなぁ、と言った。

「私なんぞに頭なんか下げるもんやありまへん」
「そういっても仕方ない。あとは任せるしかないからな。俺にできるのはこうして頭を下げるくらいだ」
「まあ、なるようにしかなりまへん。できることをするだけですわ」

山崎の言い様に、まさか自分も同じ立場だとは言えずに、斎藤は頷いて急な階段を降りた。最後まで降りる前に、入った時と同様に戸棚の戸が開かれる。きしむ音を合図に下にいた伝六が開けたのだった。

「すんまへんなぁ。お茶いれましたのに」
「いえ、突然お邪魔しました。騒がせて申し訳ない」

そういうと、斎藤は来た時とは別に、今度は裏を示されて、その案内に従って床伝を出た。

―― 俺も少し探るか

そう決めると、まずは遊里に足を運ぶ。情報が集まるのはやはりそこしかない。
斎藤はしばらく続いているこの騒がしさが、一層増したように感じた。

 

 

– 続く –