雷雲の走る時 17

〜はじめの一言〜
あーあ。どこまでのびるやら
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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「うーん……」

その夜半、夕餉を済ませて横になったまま、唸ったセイにぼーっとお茶を啜っていた総司が反応した。

「神谷さん?」
「なんだかしっくりこなくて……」
「というと?」
「屯所を襲撃するだろう、までは分かったんですけど」

セイの目はどこかをみているようで見ていない。総司は、火鉢の傍からセイの枕元に近づいた。

「私が言い出したことなので、違うと私が言うのはなんだかおかしいかもしれないんですけど、まだ先があるような気がするんです」
「屯所の襲撃には目的があるということですか?」
「ええ、じゃないと襲撃だけじゃ何の意味があるのかなって」

セイの言葉に総司も一緒になって、うーん、と唸り始めた。

「でも、屯所が襲撃されるってことはそれだけで世間的には十分衝撃な気がしますけど?」

どうにもセイが知っていることだけでは何かが足りない気がする。何かほかに情報がないかと総司に手を差し出した。

「沖田先生、何かご存じないですか?」
「何かって言っても……」

近藤が戻るのはまだ先だ。総司は伸ばされた手を無意識に掴みながら考えるが、思いつくことはこれといってない。

「……先生」

夕餉の後に再び薬を飲んだセイは、痛みが大分和らいでいたので、つないだ手を支えに体を起こした。

「やっぱり、屯所に戻りませんか?もう、私は熱もないと思いますし」
「神谷さん……」

思い立ったら即、のセイに総司は呆れた声を上げた。

「貴女は、どうしてそう思い立ったらすぐ動かなくちゃい気がすまないんですか」
「だって……、なんだか胸騒ぎがするんです」
「だからって貴女が今戻っても何もかわりませんよ」

総司はそう言って、再びセイを寝かせた。

 

しかし。

セイの胸騒ぎはある意味正しかった。
その夜、非番だった八番隊の篠崎は、島原に行くと言って屯所を出ていった。しかし、篠崎はそのまま屯所に戻ることはなかった。

 

「朝早くから申し訳ありません!沖田先生いらっしゃいますか!」

まだ日が昇る前、起床時間よりも早い時間に隊士が松本の仮寓に駆け込んできた。まだセイは眠っていて、総司はその傍に横になっていた。
布団はあるのだが、結局、床をとらずに総司は体だけを横にしていたのだ。
近づいてくる隊士の足音で目を覚まし総司は、起き上がって傍に置いていた刀を手に取った。その動きで目を覚ましたセイも半身を起す。

総司は玄関口まで急いで走り出た。

「どうしました?」
「八番隊の、篠塚が……」

そこから先の話は声を潜めたのかセイの元へは、声は聞こえても内容までは聞き取れなかった。松本と南部は眼を覚ましてはいても、それが隊の話だとわかったからか、姿を見せてはいない。

しばらくして、総司は急いでセイの元へやってきた。

「神谷さん、屯所に戻らなければならなくなりました。貴女はこのまま」
「沖田先生!」

襖を開けた瞬間、すでに着替えを済ませていたセイをみて総司は言葉を切った。そして、セイが既に戻る気だということを見てとる。

黙ったまま総司とセイは視線を交わした。

負けたのは総司の方だ。溜息をついて、視線を外すと手を差し出した。

「……仕方ありませんね。薬はいただいたのですか?」
「あっ、はい。少しだけ待ってください」

慌ててセイは松本の部屋へ走って行く。総司はその姿を見て、自分自身の伸ばした手を見た。

守る、といいながら結局連れて帰ってしまうのだ。なら、せめて、自分の傍らに置いて今度こそ必ず守る。

総司は拳を握り締めて心を固めた。そこに薬を受け取ったセイが現れた。

「すみません!沖田先生、お待たせしました」

まだ少し痛みがあるのだろうに、セイは気丈にも刀を手にそこに立っている。総司は握りしめて手を差し出して、セイを伴うと、屯所に向かって可能な限り急いだ。

 

 

道々、総司はセイには詳しいことを一つも話さなかった。とにかく、屯所に向かうのが先だと言われてセイも詳しくは問わなかった。

「神谷さんも一緒においでなさい。土方さんのところへ行きます」

門を入った瞬間から、次々と総司は隊士達に声をかけられる。片手をあげて応じた総司は、そのままセイを伴って副長室に向かった。
土方の部屋には、永倉と原田がいた。

「総司、神谷を連れてきたのか」
「遅くなりました。何があったかもう一度詳しく伺えますか?」
「うむ」

そういうと、土方は昨夜からの顛末を話し始めた。

八番隊の篠崎は、島原に向かっていたらしい。しかし島原にたどりつくことなく何者かに捕縛された。そして、何者かに暴行を受けて、そのまま縛りあげられたまま屯所近くに放り出された。

胸には篠崎本人の脇差が抜き身のまま、縛られた胸元に共にはさみこまれていたらしい。
うっかり動けば自身に刺さるか、首が切れる。

「懐には“新撰組天誅!!”だと、書いた紙が突っ込まれてたぜ」
「それで、篠崎さんは?」
「今は運び込まれたっきり意識がねぇ」

総司を呼びに出た隊士とはわずかにずれて別な隊士が松本を呼びに向かっていたらしい。

 

– 続く –