雷雲の走る時 4

〜はじめの一言〜
じわじわじわじわ〜じ〜〜〜わじわじわじわじわ。(爆
BGM:Kalafina Kalafina_oblivious 〜 俯瞰風景
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隊部屋に戻ったものの、怪我人の世話と言われたセイは、すぐに病間に向かった。その数の多さに、すぐ小者に交じって立ち働き始める。

具合の悪い者を診てまわり、怪我の者たちは様子をみて薬を取替え、手を当てて様子を聞いている。幹部棟から戻って、隊部屋にセイがいないのを知ると、溜息をつきながら総司は探し始めた。病間にきた総司は、甲斐甲斐しく働くその姿をしばらく眺めていた。

―― 傷の具合はどうですか?まだ痛みますか?
―― 膏薬を張り替えましたか?まだなら張り替えましょうか
―― 腹具合は大分落ち着いたようですね。でもまだ無理はしないでくださいね

腕を組んで、病間の入り口に寄りかかっていた総司は、セイの動きにため息を零した。
いったい、これだけの隊務の合間にいつそんな時間があったのだろう、と思う。ほとんどの怪我人や病人の状況を把握しているではないか。
セイが他にも多くの雑務を抱えているのを知っているだけに、少しでも休ませてやりたいと総司が思うのも当然の流れではあった。。

寝ている者たちの間を診て回り、額や怪我をした場所に手をあてて、癒していくセイをみていると、総司の口元にほろ苦い笑みが浮かんだ。

―― あの子はこうしている方がどれだけ似合うか知れないのに

小さな白い手が次々と癒していくのを見ているだけで、総司は自分まで癒される気がした。そして、一巡したあと、部屋の入口で立っている総司を見て、気まずそうな顔をするセイに笑いを噛み殺して口を開いた。

「あのね、神谷さん。怒られるのが分かってるなら初めからしないことです」
「いえ、その……。だって、怪我してる皆の世話をするようにおっしゃったの、先生じゃないですか」

まだ総司は何も言っていないし、こうして世話をすることが悪いと言っているわけでもないのに、セイがぶつぶつと言い訳始めた。痛むのか、首の包帯に手を当てた姿に、小者や近くにいた者が皆、顔を上げた。

「沖田先生、神谷さんを叱らないでください。私たちが休む暇もないって夜中に様子を見に来て下さったり、手伝って下さってたんです」
「そうですよ、沖田先生。自分も休まないと身が持たないって何度も言ったのに、空いた時間なら夜中でも熱を出してる奴についてくれたり、ほんとに、コイツ、俺達の面倒よく見てくれてるんです」

次々と上がる声に、さすがの総司も呆れてしまった。

―― 空いた時間?夜中?

ほとんどが雑務や隊務でつぶれているはずなのに、自分の寝る時間さえ削っていたという事実に増々、総司のため息が深くなる。
次々とセイを庇う声を制して、総司は一旦、セイを連れ出すことにした。

「皆さんの話は分かりました。神谷さん、とにかくちょっとおいでなさい」
「う……。はい」

庇うためとはいえ、内緒にしていたことも次々知られてしまい、うなだれてセイは部屋を出た。
そのまま総司は、幹部棟の小部屋にセイを連れていった。その部屋は、いつもセイが縫いものなど雑務をする際に借り受ける部屋で、最近では通称神谷部屋という呼び名もついているくらいだ。

「あの、沖田先生?」

部屋に入ると黙って、総司は布団を敷いた。呆気にとられてセイがそれを見ていると、布団を敷き終えた総司は布団の横に座って、セイを有無を言わせず布団に押しこんだ。

「え?!あの、沖田先生?!」
「あのねぇ、神谷さん。貴女いったい何日まともに寝てないんです?」

枕元に座った総司がひどくまじめな顔で聞いた。今更隠しても仕方がないと思ったのか、素直にセイは、えーと、と指を折って数えはじめた。

「たぶん……まだ続けては10日くらいかなと……。その前はお里さんのところだったから目いっぱい寝てきましたし」

はーっ、と深い深いため息が総司の口から出る。10日もろくに眠らないまま隊務をこなしてきたというのか。

「もう、いいから寝なさい。私がここにいますから」
「え、でもまだ隊務が」
「神谷さん!組長命令です!寝なさい!!私がここにいるのは、見守るためじゃありません!貴女を監視するためです」

ぶちっと総司のこめかみから音がしそうなくらい怒りのこもった声がセイを叱りつけた。びくっとしたセイは、素直に布団にもぐりこむといくらもしないうちに、寝息が聞こえはじめた。

その姿を見ながら、総司の眉間の皺は消えることなく深くなっていた。
確かに疲れているのは分かっていた。だが、隊全体が疲労の色が濃くなっていて、幹部は全員、屯所に留め置きになっている。原田などは半月近く家に帰っていない。

だから、セイだけが特別ではないと見過ごしていた。ぎりぎり待機命令が出る前だったので、休暇だけはお里の所にも行かせてやれていたし、まさかそんなにまともに寝てさえいないとは気付かなかった。

「貴女って人は、どうしてそう私を心配させるんでしょうね……」

目の下に黒々と浮かぶ疲労の色をみて、その額をそっと撫ぜる。

―― なんでなんでしょうね。貴女のことはどうしても放っておけないんですよ。放っておけばどこまでも無理はするし、どこにでも首は突っ込むし、心配で心配でしょうがないんです

総司は、そっとセイの前髪をかきあげて、撫で続ける。
こうして、ずっとその安らかな眠りを守ってやりたい、と思ってしまう。

―― 過保護だ、なんだと言われても……

「……って私は何を考えてるんだ!!」

総司は、自分の考えに一人で赤面してしまい、思わず声にしてしまってから、慌てて口を塞いだ。そっとセイを見ると、起きる素振りはない。はぁ~と今度は胸をなでおろして、自分も畳の上にごろん、と横になった。
ありえない自分の考えを頭から追い払うと、そのままセイの寝顔を眺めながら寝そべる。

幸せそうに眠るセイの寝顔を見ながら横になっていると、つられて総司もとろとろと寝入ってしまった。

 

「沖田先生!沖田先生!」

揺り起こされて、総司ははっと目を覚ました。
いつの間にか、自分には布団が掛けられていて、セイがその総司を揺り起こしていたのだ。

「神谷さん?!貴女、寝てないじゃないですか!」
「そんな場合じゃないですよ!幹部に招集がかかってます!目を覚ましてください!!永倉先生の隊が捕縛してきた不逞浪士達が何か洩らしたようで、幹部に招集ですよ!!」

それを聞いて総司はがばっと起き上がると、差し出された羽織に袖を通して、召集がかかっているという局長室へ向かった。

もうすでに皆が揃っていて、次々集まってくる幹部のために副長室の障子は開かれたままになっていた。最後に総司が部屋に入ると、後ろ手に障子を閉める。

「遅くなりました」
「総司が最後か」

土方がそういうと、皆が膝を進めた。土方の傍には原田が渋面で座っている。

「ついさっき、永倉が捕まえた不逞浪士の中の一人が漏らしやがった」
「今日のは少人数だったし、潜伏場所から引きずってきたんだが。そいつらがいうには、万一、俺達に見つかった場合、そこに前髪のやつがいればそいつを狙えって話が奴らの間で出回ってるらしい」

土方の後を継いで、永倉が前面に不愉快さを押し出して言った。その場にいた皆が一斉に反応する。

「なんだよ、それ!まるで神谷を狙えってことじゃん!」
「そういうこったな。その場にいなくても、狙えと話題になれば、そういう風にも仕組まれる。そもそも、アイツが阿修羅と呼ばれた奴だとは、さすがに顔形までは知られちゃいねぇ」

その場にいた皆が一様に難しい顔になる。セイの腕より、前髪の小僧を狙えば逃げ切れるということがまことしやかに知れ渡っていることが問題だ。前髪の者は小者や内勤の隊士の中にはまだ何名かいる。だが、各隊に所属して巡察にも出るのはセイだけである。
新撰組を狙うなら前髪だと思われ、危険が増えるのは圧倒的にセイになるのだ。

 

– 続く –