雷雲の走る時 5

〜はじめの一言〜
うほほーい。不逞浪士の皆さんも時々頭使うですよ。
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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「総司、何か言うことはあるか」

土方が総司に向かって問いかけた。今その質問を総司にぶつけるということは、土方が考えていることを止める気があるのかということだ。
すべてを口にしなくても、長年の付き合いで土方が何を思っているのかすぐにわかる。

「せめて少し時間をもらえませんか」
「何故」
「神谷さんを囮に使いたい土方さんの考えはわかります。でも、もうすでにあの人は狙われ始めていて、ボロボロなんです。せめて今の怪我が治るまで待ってもらえませんか」

膝の上に置いた手を握りしめて苦渋を滲ませた総司に、原田がその手を見ながら問いかけた。

「もう狙われてるってどういうことだよ?」
「ここしばらく、出動や巡察に出るたびに神谷さんの怪我が増えていたので、気にはなっていたんですが、今の話を聞けば腑に落ちます。すでに狙われ始めてるんですよ」

やはり、もっと早くに手を打つべきだったと、総司は歯噛みしたくなった。怪我が多いこともわかっていたのに。
悔しいと自分が言っても仕方がないのはわかっている。そんな総司の思いが、わからないはずはないだろうに、情報を持ち込んだ永倉が腰を上げて怒鳴った。

「てめぇ、なんでもっと早くにいわねぇんだよ!」
「仕方ないじゃないですか!これだけ出動が続いていれば普通に怪我する人だって増えているんですよ?!まさかそんなことになってるなんてわかりませんよ!」

永倉に胸倉を掴まれた総司は同じ勢いで言い返した。決して、総司が組下の者達を監督できていないわけではない。ひっそりと忍び寄ったものの方が上手だということなのか。

その様を冷やかに見ていた土方は、総司に向かって問いを投げた。

「あとどのくらい時間がいる」
「せめて、4日、いや5日は」
「そんなには待てん。3日だ。近藤さんがいないうちに終わらせる」

―― 3日!

たった 3日で、あの状態のセイを囮として出さねばならないのか。
総司は、愕然として土方の顔をみた。視線の先には新撰組の鬼の顔が冷たく見返していた。

 

どのようにして土方がセイを囮として使うかにもよるが、猶予はあと3日しか無い。
とりあえず、引き続き監察方と協力して不逞浪士達の動きを見ながら、動きを決めることになった。

おとなしく神谷部屋にいるわけも無いセイの姿が隊部屋にもないことを知った総司は、今、探すべきか、それとも自分が腹を決めるまで待つか幹部棟の廊下で立ち止まった。

解散になった幹部会のあと、総司はすで自分の中の迷いを感じていたのだ。土方の命は、すなわち隊命と同じで、拒否することはできないだろう。それは分かっているものの、何もせずにセイを囮として差し出すような真似ができるはずもない。

「総司。お前が何を考えてるかはしらねぇがな。組長が迷えば下のものも迷うんだぞ。それはとりもなおさず、危険にさらすってことだ。分かってるのか」

なかなか座った場所から立ち上がることができない総司に向って、土方が酷薄ともいえることを口にした。
以前の特命のときもこの弟分は、自分が育てたセイを一人で出すことに異常な拒否反応を示していたのはまだ覚えている。

衆道なのかと疑いもし、それは斉藤がきっぱりと否定している。だが、事あるごとに動揺したり、過保護なくらい庇う姿を見ると、どうにも普通ではない。

「分かってます。分かってるんですよ。でも人一倍小柄な人が、ただでさえ今は怪我だらけでぼろぼろなのに、今度は狙われて囮ですよ?心配するなってほうが無理ですよ!」

噛みつくように言った言葉は、半分以上、開き直りというより、やけくそに近い。総司は、言うだけ言うとそれ以上、土方に余計なことを言われる前に立ち上がった。
部屋を出る間際に情けない顔を向けて、半分恨み言のようなことを口にする。

「神谷さんに何かあったら、土方さんを恨みますよ」
「馬鹿野郎、そんなので恨むなら無事に特命をこなせるようにしてから言いやがれ」

土方らしいと言えばらしい。

思い返してもいい解決方法がなくて、ため息をついた総司はどこかでまたちょこまかと動き回っているセイを探すことにした。

「神谷さん?」
「あ、沖田先生、神谷ならさっき薬がないとかで山口と一緒に外出していきましたよ?」

隊部屋にセイを探しに戻った総司に、そこにいた隊士からセイの行き先を聞いて青ざめた。

「いつですか?それは!」

確かに、薬の補充は心得のあるセイの仕事でもあったが、なぜ今だと怒鳴りそうになる。今は待機中のため、一人で外出したのではなかったことだけが幸いだった。羽織と刀を手にするとすぐに総司は、彼らの後を追って外出した。

―― 何もなければいい

言いようのない焦りを覚える。まだ日の落ちていないこんな時間だから大丈夫でいてほしい。

慣れた薬種問屋に向かう手前の道で総司は危機を悟った。
道の先で膝をついている山口を前に、セイが立っている。かろうじて抜刀していないが、山口が膝をついているということは、少なくとも無事ではないらしい。

刀を抜いた相手の様子を視界に入れながら、ちゃき、っと鯉口をきってセイと山口の前に走り込む。

「退がりなさい!」

刀を構えると、相手も新手である総司より、山口とセイにそれぞれ回り込む。
勢いに任せて、正面にいた男の腕を総司は、上段から振り下ろした刀で切り飛ばした。その背後でセイがようやく刀を抜いたが、まともに握れていないようだ。

「沖田先生!」

どうやら足を軽く斬りつけられたらしい山口が、セイを庇って片膝をついたまま、一人の足に斬りつけた。深手にはならないものの相手が引くには十分だった。
一人が引いたところで、総司が左手に回り込んでいた相手に斬りつける。思いのほか斬りつけてくる勢いがすさまじく総司は手加減することなく突き上げた。深々と胴を貫いた刀を引くと、袈裟掛けに斬りつける。

後ろに下がっていた一人は、もう一人の様子をみて全力で逃げ去って行った。

「二人とも大丈夫ですか?!」

残った二人のうち、一人だけ息がある。刀を収めた総司は、その男の下げ緒で男の腕を縛り、斬り合いをみていた町人の一人に、番屋への連絡を頼んだ。

山口が腿にうけた傷は、それほど浅いものでもなく、歩くには難儀しそうだったので、戸板を用意してもらって運ぶことにした。山口に付添いながら、総司とセイは並んで歩いて行く。

「一体、何があったんです?」
「薬を届けてもらうように頼んだ後、屯所に戻る道で浪人者があちらから鞘を当ててきたんです」

 

– 続く –