雷雲の走る時 9

〜はじめの一言〜
あとどのくらいいくのかな〜。 大分伸びてしまい、中編じゃなくなってしまった。
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love

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「他にもあるんでしょう?」

肌蹴ていた片袖を通したところで言外に見せなさいと言われたセイは、仕方なくもう片袖を抜いた。そちら側は総司を庇って斬られたあの時の傷があるほうだ。
肩は幾分ましで、肘の付け根あたりが痣になっているくらいだ。しかし肩の傷から背中の方にかけたあたりには、ひどく広範囲で青くまだらになっている。

「っ……。貴女これを今までずっと黙っていたんですか」

先ほどの肩の打ち身同様に、この背中の打ち身も相当痛んだはずだ。だが、セイはそれを微塵も感じさせなかった。何度も繰り返しているものの、また同じ言葉が総司の口をついて出てくる。

「どうして……。言ってくれなかったんですか?」

セイの背後で、塗り薬を塗る総司の声がひどく傷ついた声音で、セイは思わず振り返りそうになった。

「いっ……、つぅ……」

勢いよく身をひねりかけた衝撃で痛みが走る。はぁ、と息を吐くと、セイがそのままの姿勢で口を開いた。

「本当に、初めは大したことじゃなかったんです。いつの間にかどんどん増えて、ひどくなってしまって……。こんな見苦しい姿をお目にかけてすみません」
「見苦しいとかそんなんじゃないんです!……貴女がこんな風に傷つく姿が私には堪えられないんですっ!」

朝から続いていた冷やかな口調が嘘のように、苦渋に満ちた声は昨日の総司と同じもので、セイは努めて明るく答えた。冷やかな口調に押し込められていた気持ちが切ないほど伝わってくる。

「沖田先生。先生はこの状態が長くつづくとお思いですか?」

つい、自分の感情に目を向けすぎて余計なことまで口走りそうになった総司は、はっと目を見開いた。セイは静かに思っていたことを口にした。

「私にはそう思えないんです。もちろん、今は過激な者たちが動くのはあると思うんですが、こんな風にいつまでも私を狙う動きがあるとは思えません。あるとしたら元になる何かが必ずあります」
「神谷さん……」

自分以上に冷静に状況を見ているセイにつくづく思い知らされる気がして、総司はため息をついた。
いつも自分はこうして、セイを守って外に置きたがる。でも、セイはその守ろうとする手から一歩先を行く。そして、その小さな手で総司を守ろうとする。

総司の手を離れて、その背中を守るためにこうして確固たる武士として生きようとしている。

―― 貴女を守れない様じゃ、近藤さんを守ることもできないはずですね

セイの体に残る痣に膏薬を塗り終えると、ぽん、とセイの手に膏薬を返した。セイは身仕舞い済ませて、小さくありがとうございます、と言った。
なし崩しとはいえ、晒だけの姿を見られてしまったのだ。今更のように恥ずかしくなって顔を伏せた。

その頭にぽん、と大きな手が落ちてきた。

「貴女には負けますね」
「沖田先生……」
「はい?」

恥じらいよりも、今はほかに大事なことがある。そう思って顔を上げたセイの真剣な眼がそこにあった。

「たぶん、今夜か明日の夜、動きがあると思います」
「神谷さん、貴女それは一体……」
「まだ確証がないので言えません。でもたぶんそうです」

それだけを言うと、セイは頭を下げて一足先に部屋を出て行った。総司は、セイの言う確証が何なのか、思いつく限りのことを考え始めた。

 

 

「行けるか」

夜の巡察の時刻になって、斎藤がセイに声をかけた。昨夜は休んだとはいえ、今はほとんど休んでいない。しかも午後も巡察に出ている。その疲労は実際、深いものだったが、休みたいといえるわけがない。

「もちろんです」

セイは平静を装って、答えた。疲労感から体が重いのは仕方がない。自分に言い聞かせると、気合を入れようとして背筋に力を入れた。

「俺の隣につけ」
「嫌です」

斎藤はセイに即答されて普段の顔にうっすらと怒りがにじんだ。こんな状況で何を言うのだと怒鳴りそうになる。だが、セイは真っ直ぐな目を向けてきた。

「囮になるのに、組長の傍にいては囮になりません。副長の許可はいただいてきました。私は殿を務めさせていただきます」

眉間に刻まれた皺が深くなったのは土方から斉藤は何も聞いていなかったためだ。
総司に手当してもらった後、セイは副長室にいた。

「お願いがあります。副長」

背を向けたままの土方に向かって、セイは願い出た。

「なんだ」
「次の巡察では、私に殿を務めさせていただけませんか?」

振り返った土方の顔がじろりとセイを見る。さすがに、土方もみすみす、セイを危険にさらすほどのつもりはなかったらしい。

「どういうつもりだ」
「囮には囮らしい動きがあります。各隊の組長のお傍にいてはそれができません」

初め、土方はセイから巡察に出る回数について不満が出ると思っていた。
通常でも巡察に日に二度も続けて出ることはない。せめて、午後か夜のどちらかにしてくれとか、そういうことならわかる気がする。もちろん、それを聞くかどうかはさておきだが。

しかし、今セイが言ってきたことは、まったく違う。危険を度外視しても、囮になるということだ。

「今のお前は怪我をしてるんだろう?その上で同行する隊の奴らがお前を守らずに切り抜けられるのか?」
「それほどいつまでも囮役をやるつもりはありません」
「どういうことだ?」
「逆にお聞きしたいです。副長はいつまでこんなことを続けるつもりでしたか?」

土方は内心、しまった、と舌打ちしそうだった。こういうときのセイはタチが悪いほど勘がいい。それは身をもって知ってもいたし、総司からも聞いていた。
さすがに先夜、山崎を呼んでいたことまでは気が付いていないだろうが、この言い方だと、土方の腹づもりのいくらかは読まれているらしい。

セイの問いかけには答えずに、土方は逆に問い直した。

「お前はどうする」
「囮は囮らしく、敵をおびき出します」
「できるのか?」
「副長の許可が要ります。私ひとりでは動けません」

ふん、と鼻を鳴らして半身しか向けていなかった体をきちんとセイの方へ向けた。
おそらく、セイが言っているのは総司や斎藤たちのことだろう。いくらセイがやると言っても組長が総出で反対すればできない。しかし、土方が許可をしたとなれば別だ。

「分かった。詳しく話せ」

それからセイは土方とのみ、内密に打ち合わせを行った。だが、その密談の中身は、指令として誰かに下されることはない。あくまで、何かあった時には土方の許可があるとして動くための範囲を詰めるためのものだったのである。

 

 

– 続く –