雷雲の走る時 10

〜はじめの一言〜
もう、なすがままならねぎがぱぱ〜 。色々史実からは離れております。
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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「副長の許可だと?」
「ええ、そうです」
「俺は聞いていない」
「でも許可は許可です。私は殿を務めさせていただきます」

ぎり、と斎藤は奥歯を噛みしめた。
隊列の先頭と最後尾では離れている。最後尾にいて襲撃されては守り様がないのだ。

そんな斎藤の心中を知ってか知らずか、セイは最後尾に一人でつくという。

「そんなことをさせられるわけがないだろう!」
「副長のご命令ですから」

いつもは穏やかな斎藤から怒気にみちた声が出た。セイが兄と慕う人が怒声を孕むのはめったにない。いつものセイならば、それだけで衝撃を受けていただろう。しかし、今は揺るがない。

それが斉藤にもわかるだけに、どうすればやめさせられるかと思った斉藤はつい、あの野暮天の事までも思い浮かべた。

「この話は……」

―― 沖田さんは知っているのか

最後の頼みの綱と口から出そうになったことをぎりぎりで飲み込む。
昼間の巡察では、異常なほど静かだったと聞いている。ならば、夜になったら見守るためにでてくるのではないか。

土方の許可がでているのであれば、これ以上何を言っても無駄なのだ。後は、総司の存在にかけるしかない。

「わかった。十分に気をつけろ」
「はい!」

 

三番隊は、一番最後にセイを一人、従えて出発した。いつも以上に巡察に出ていく三番隊を見送る者が多いのは、皆、一様に心配しているからだ。

待機中ではあるものの、一番隊の面々は二人、三人と固まってもそもそと外出の支度をしている。外出許可を求めて総司の元に幾人かが訪れると意外なことに総司が否を告げた。

「昼間ならまだしも、夜は何があるかわかりません。三番隊の後を追いかけることは許しません」

総司に言いきられると、その後は遊里へ出かけるという嘘をついたものまで外出禁止を言い渡された。組長である総司に禁止されては外出することもままならず、かといって休むこともできず、いつ何があっても出動できるような姿で悶々とした時間を過ごすことになった。

 

 

「斎藤先生、神谷が囮って本当に大丈夫ですか?」

斎藤の隣を歩く松崎が小声で囁いた。
大丈夫かどころではない。囮につられてどれだけ敵が現れるかもわからないのだ。いいわけがないだろうと誰もが思うところだが、それを素直に口に出すわけにもいかない立場である。

「副長の命令だ」

鬼の土方の名前を出せば、さすがの隊士たちもそれ以上あれこれというわけにいかないだろう。すでにサイは投げられている。

わずかに前の隊士との間を多めにとってセイは最後尾を歩いていた。昼間と違って一番隊の気配もない。それでも、周囲には何の気配もないわけではなかった。

七条通を過ぎたあたりから、いくつかの不穏な気配が背後に張り付きはじめた。今日の巡察路は京都所司代の見回り地区を抜けた鴨川沿いまでまわることになっている。

セイは懐から矢立を抜いて、さらりと走り書きをすると、少しだけ間合いを詰めて前にいる隊士に斎藤宛の走り書きを回すように頼んだ。
間もなく、鴨川の近くにあたり、折り返しの道にぶつかる。

―― 襲ってくるならおそらく……

斎藤の手元に、セイの走り書きが届く頃、隊列は鴨川沿いを回り、高瀬川の傍へ進んでいた。橋を渡る隊列の先頭で斎藤がセイの走り書きを目にする。

『そろそろ来ます』

手の中に文を握りしめた斎藤が振り返ったのと、橋の前後から黒い人影が幾人か走り寄ってきたのは、ほとんど同時だった。

「死ねぇ!!幕府の犬共め!!」
「天誅!!新撰組!!」

前後から叫び声が上がった。次々と抜刀する三番隊の面々の中で、斎藤は最後尾にいるはずのセイの姿を目線で追っていた。そもそも、全体が狭い橋の上でどれほど戦えるかわからない。

あっという間に入り乱れての斬り合いになった。

 

 

その頃、屯所ではすぐにも外に飛びだして行きそうな一番隊の面々が苛々した時間を過ごしている中、総司は一人道場に端座していた。
目を閉じて座っているが、意識はそこには無い。今夜の巡察路を思い描いて、自分だったら何処で仕掛けるか、何処なら襲いやすいかを何度も頭の中で繰り返していた。

セイが出発前に言っていた一言。

今日、明日のうちに動きがある、とセイは言った。確証はないとも言っていたが。
明後日であれば、一番隊が再び夜番にあたる。せめてそのときまで何もなければいいのにと思う。

そんな時、屯所の門を慌しく駆け込んでくる足音がする。

―― 何があった?!

道場から走り出ると、幹部棟を目指して薄暗い中を中庭へ回りこむ監察方の隊士の後姿を一瞬、総司の目が捕らえた。
総司は土方の部屋を目指して急いだ。

「三番隊が高瀬川の橋の上で襲撃されています!人数も仰山おる様で、いくら三番隊とはいえ、全員捕縛は厳しいと思われます!!」

総司が土方の部屋に辿り着くと、ちょうど山崎の下にいる監察方の報告を聞いているところだった。土方はすぐ総司に一番隊が出られるかと問いかけた。

「もちろんです」
「よし。場所を詳しく確認してから行け」
「沖田先生。巡察路の、鴨川から折り返してくる高瀬川の橋の上です。ここからはかなり距離がありますが」
「承知」

総司は慌しく隊部屋に向うと、元々総司に止められていなければセイに着いて行ったはずだった隊士達が準備万端で勢揃いしていた。慌ただしく駆けて行った監察の者の足音と、それを追いかけた総司の足音で皆、事態を察するくらいわけないのだ。

「沖田先生!」
「奴らが出てきたんですよね?!」
「いつでもいけます!!」

へらり、と笑みを浮かべて隊部屋の前に立った総司は、隊士達を見た。

「皆、格好いいなぁ」
「沖田先生!今はそんなほのぼのした顔してる場合じゃないです!!」

総司は自分の刀を手にすると、皆を率いて走り出した。屯所中が急に目が覚めたように慌しくなる。

 

– 続く –