風は今も吹いているか 2
眠い。。。思わずそこから呟きますが。
土日はちょっと身動きが取れず、今週はもう少しましになるはず・・・。
BGM:From now on
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お天道様が顔を見せて、今日も天気がいい。
起きだしたセイは、身じまいを済ませるとたすきをかけまわして部屋を出た。
裏手の心張棒を外して表の空気を入れ替える。
新しい水を汲んで、それから庭に続く雨どいを開けた。
「……」
そっと、障子をあけて部屋の中を覗くと、眩しそうに薄目を開けていた総司と目が合う。
「ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
「お……ようざいます。いいお天気みたいですねぇ」
「おはようございます。先生。今日はどんな塩梅ですか?」
布団を少しだけ折り返して、総司の顔色を見ながら、その額に手を当てる。
「うん。今日はお熱もそれほどないようですね」
枕元の水差しから少しだけ湯冷ましを汲む。
「さ、まずは喉を潤してください」
寝起きに咳き込むのが一番怖い。喉が渇いていて、もし血を吐いたとき、粘度が高くなって喉に詰まりやすくなるからだ。
素直に受け取った総司は、ゆっくり喉に流し込んだ。
「はぁ……。今日もおいしいって思うのは幸せですねぇ」
「先生ったら。湯冷ましですよ?」
「湯冷ましでも。お水を飲んでおいしいっていいですよねぇ」
しみじみと呟く総司に、ふふ、とセイは笑った。
この家に越してきて総司の容態は落ち着いたかのように見えた。
「わぁ。先生。桜がまた咲きましたよ。どんどん花が開いていきますねぇ」
「……まぶしい」
柔らかな日差しが部屋の中の空気を温めて、じわじわと総司の身に染みわたっていくようだ。
目を細めた総司が庭先の桜に目を向けた。
「さ。先生はゆっくりとお水を飲んでいてくださいね。私はちゃっちゃとおいしいご飯を作ってしまいますからね」
そういって台所に立ったセイはかゆを炊き、味噌汁を作る。甘辛く煮た昆布を小さく刻んで膳に乗せた。
総司のもとに運んだセイに総司はいつものようにゆっくりと首を振る。
「……先生?」
「いつも言っているでしょう?一緒に食べましょうよ。神谷さん」
「先生がちゃんと召し上がられたらですよ」
ここにきて毎日、毎度、このやり取りを繰り返す。
いっしょに食べようという総司と、総司がきちんと食べ終えるまでは、というセイの押し問答である。
仕方がない、と折れるのは総司のほうだ。
「……今日はなんです?」
「白粥と昆布の佃煮です。召し上がったらお薬ですよ」
「……わぁ……い」
「先生?」
薬を、の最後で総司の顔がわずかに曇る。頬を膨らませた総司は上目遣いにセイを見た。
「その……甘いものはないんですか?」
セイが弱いとわかっていてこの顔をするのだから質が悪いのか、甘ったれなのか。
腰に手を当てたセイはわざと厳しい顔で首を振った。
「ありませんよ!ちゃんとご飯を食べてお薬を飲まない人に甘いものなんて」
「……はい」
しょんぼりとうなだれた総司が、粥に手を伸ばしてしぶしぶと匙を進めるのを見たセイは、しばらくそれを眺めた後、茶を淹れ始めた。総司の口にするものだけはよいものをと心がけている。
茶も悪いものを洗い流すようにと、いつも良い品を手に入れるようにしていた。
熱い湯を注いできた急須が程よく冷めたのを見計らって、茶を入れると桜の花同様に湯の中でゆっくりと花開くように茶葉がひらいていく。
桜や茶がひらくように総司の病も同じようにゆるゆると開いていけばよい。
「ここの桜が散る頃には局長たちは会津に向かわれる頃ですかねぇ?」
「そうですねぇ。近藤先生たちは足が速いからなぁ」
「足が速くてもいくら何でも、まだ近くにはいらっしゃると思いますけどね」
総司が渋々であろうとも、よそった分の白粥は食べ終えたのを見計らって、程よい温さになった茶をさしだした。
「あっ!!」
小さな盆の上に乗せられた金平糖に目を輝かせた総司の顔に、ありありと食べていいか、と書いてある。
「きちんと食べてくださったご褒美です。どうぞ」
「わぁぁぁ!神谷さん、大好きですー!」
苦い薬を飲みこんだ喉を茶で流した後に、大事そうに一粒取り上げて口に入れる。
「ふぅぅぅ。やっぱりおいしいですねぇ」
「私の食事よりも何よりも感動されてるのが気になるところですが、喜んでくださってよかったです」
憮然としたセイが総司の膳を下げていき、しばらく戻ってこない間に、総司は庭先の桜を眺める。
―― こうして桜を見るのもあと何度あるのでしょうね
越してきたときは、まだ一分、二分咲きというくらいだったが、もうそろそろ満開という頃だ。
その桜を眺めながら総司はふと、身の上を思い返していた。
京に向かった時は、再び江戸に、日野に戻るとは思っていなかったのだから。