風は今も吹いているか 5
急に暑くなりましたね。
皆さま、こちらを読んでくださってる皆様は……傷心?どうなんでしょう?
最近、コメントを下さる方も少なくなったので(閑古鳥が鳴いてるサイトなので当然なんですが……)
どうされてるのかなぁと思ってます。
BGM:From now on
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五兵衛新田に落ち着いた隊は、あくまで戦を目的とし、東征軍が攻めてくれば一戦と言わず、徳川の威光を見せるためにも戦うつもりでいた。
恭順をという慶喜の意向もあって、旧幕府軍には江戸城開城までは、江戸近隣に散っていった者たちにはもう何もしてくれるなとさえ思っていたに違いない。
江戸無血開城まで話をまとめたことは、江戸の市民だけでなく旧幕府軍、新政府にとってもどちらにもよかったわけだが、それよりも長らく続いてきた武士としての矜持が強すぎるあまり、大徳川を蔑ろにしているという見方のほうが下に行けば行くほど強くなる。
分宿している宿の庭先で、ほんのわずかだが一人になる時間を得た藤田は腕を組んで表の方を眺めていた。
「藤田先生!こちらにおいででしたか」
「銀か。何用だ」
「先ほど隊長たちの元から戻りましたので報告です」
「そうか。ご苦労だったな」
報告してそのまま部屋に戻っていくのかと思っていたが、銀之助はまだそのまま藤田の背後に立っていた。
「……なんだ。まだ何かあるのか?」
「あの!聞いてもいいですか」
黙って振り返った藤田が小さくうなずいたので、銀之助はまっすぐに幼さの残る顔を上げた。
「われらはこの後、どちらに向かうのですか?」
「流山に向かうと聞いている」
「そこで東征軍と戦うのですか」
子供だからこそなのか、まっすぐ疑うことの知らない目を見返す。
しばらく考え込んでいた藤田の表情が全く変わらないのでじっと、待っていた銀之助が本当にこの人は人の話を聞いているのだろうかと首を傾げそうになった頃、口を開いた。
「お前はどう思う」
「えっ……。それは、もちろん、東征軍が向かってくるならわれらは戦うのみです!」
「そうか。それはなぜだ」
「なぜって……だって、東征軍は……」
そう言いかけて黙った銀之助は必死に考えた。
ほかの者たちなら当たり前だ、俺たちは武士だから、と答えたかもしれない。銀之助も正直、そういわれると思っていたのだが、逆に問いかけられて頭の中がこんがらがってしまった。
「答えられぬのか」
「それは!東征軍がわれらに向かって戦を仕掛けてくるからです!」
「戦か。それは何故だ」
さらに畳みかけられた銀之助は、答えを持たないからこその問いにこうして意地の悪い切り返しをしてくる藤田に腹が立ってかみついた。
「なぜでもです!藤田先生は東征軍が悪くないとでもおっしゃるのですか!」
「さて。悪いとも悪くないとも思わんというところか」
「なっ……!それこそ、士道不覚悟ではありませんか!!」
いきり立つ銀之助に藤田は淡々と答える。
「そうか?俺は、東征軍、いや、薩摩や長州の者たちも武士だと思うがな。武士たるもの、という目指すところは本来同じであるべきなのだ。彼らは今、錦の御旗を掲げているが、俺たちもそれに反するつもりはない。ただな。俺は古い者だ。隊の進む道に否を唱えるつもりもないが……」
藤田にとって、甲州で敗れたことは、まさにこの先を示す出来事のように思えてならなかった。
隊士を集め、再起し、この先会津に向かった先を考えてしまう。
この大きな幕府終焉の流れは変わらないだろう。
慶喜が恭順を見せているのも、民草の命を一番に考えたのだと思う。戦ってもこの流れが変わるとは思えなかったからだ。
だが、容保や会津にとって。
譲れぬものがある。
連綿と培われてきた武家社会の在りようとその考え方を、無理にでも変えねばならないとしたら、会津は血染めの礎になるかもしれないと考えていた。
「銀之助」
「はい!」
「神谷は、いつもお前たちに教えてはいなかったか。潔くあれと」
少しの間、考えた銀之助は、小さくうなずく。
今はここにいないセイは子供だからと言って甘くはしていなかった。ずっとそばにいられたわけではないが、銀之助たちを取りまとめていた時は、厳しく、武士とはということを身をもって教えていたはずだ。
「もし……、お前たちの中で、この先の世を見てやろうと思うならそれもいい。その時は俺のところにそういうがいい。俺から隊長に話をしよう。そして、このまま行くのであれば、腹を据えていけ。そして常に考えるがいい。どうあるべきか、ただ人に言われたことを鵜呑みにするのではなく、できる限り、自分の目と耳で聞いたことを考えて、考えて、とことん考えて生きろ」
こんなにたくさんのことを藤田が話してくれたことはない。
いつも、一言、二言くらいの短いことしか話をしないのだが、大久保や内藤からの信頼が厚いのは銀之助にもわかる。
そんな藤田の言葉がひどく大事なことを話してくれた気がして、銀之助は今聞いたことを何度も忘れないようにしようと頭の中で繰り返す。
「難しいか」
「いえ!……いえ、本当は全部のことはわかっていないかもしれません。でも、考えます!自分の目で見たことを。思ったことを何度も考えてみます」
「よし。それでいい。俺も、いつか神谷と顔を合わせたときに、託されたお前たちのことを胸を張って話したいからな」
そういうと、ゆったりと藤田は母屋の方へと歩いていく。
「くしゅんっ!!」
「神谷さん?」
「ん~。誰か噂をしてるんでしょうか」
「冷えましたか?中に入って、何か温かいものを……」
くしゃみをしたセイに何か温かいものをと立ち上がりかけた総司は、ごふっとせき込みかけてこぶしを口元に当てる。
「先生?!大丈夫ですか?!」
「いやだなぁ。大丈夫ですよ。ちょっと急に立ち上がったものだから」
「無理なさらないでください!私なら大丈夫です!きっと、隊の誰かが噂をしているんですよ。沖田先生と私が早く追ってこないかって」
肩に羽織って立ち上がった総司は柱に手をついてそのまま振り返った。
庭先から部屋に上がったセイは総司の傍に行くと、総司を見上げる。
「ほら。もうなんでもありませんよ。ですから、布団に戻ってください」
「えぇ~。さすがに家の中くらい歩かないと足が……」
「今咳がでそうになったじゃありませんか。桜のところまで明日庭先に出てみましょう。様子を見ながら」
セイに宥められて総司はしぶしぶ布団に戻る。
「神谷さんも気を付けてくださいね」
「大丈夫ですよ。元気だけが取り柄だって先生も思ってらっしゃるでしょう?」
「それはそうなんですけど……」
「……先生。そこは嘘でも違うっていうところ……」
そんな二人のところには、平五郎夫婦以外、訪ねて来る者もいない。
淵の上は変わらずに流れていくが、この家の中だけは時間が止まっているかのようだった。
—続く