風は今も吹いているか 6
難しい……。難しいですねぇ。だから このテンポで畳みかけていったのかなぁと思わなくもないです。
1日1日がこんなに次々と出来事が起こったら、話のながれってものもありますし、難しいったらないです。
でも最終回にむけてあと少しお付き合いいただければ幸いです。
BGM:From now on
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「わぁ……」
いよいよ花も終わりといわんばかりに今日も、風が吹くたびに桜の花びらが舞う。
昨日、薪割をを済ませた後を片付けていたセイは桜の木を見上げた。
「神谷さん?」
ふいに眠っていると思っていた総司から呼ばれてセイは振り返った。
「ああ。先生。目が覚めましたか」
「ええ。いい風だなぁと思って。私もこんな風のように早くみんなに追いつけたらいいのになぁ」
「こんなに早かったら追い抜いてしまうんじゃありませんか?」
「そうしたら副長をまちかまえて驚かせてやりますよ」
ははっと笑い合った後、ふと、総司は口を開いた。
「そういえば神谷さん。昨日言ってましたね。ありがとうって言い合う方がいいって」
「ええ」
「すごく素敵だとおもうんですけど、どうしてかなぁって」
一抱え、薪を持ち上げたセイは、家の片寄に運びながら小さくうなった。
「うーん、沖田先生は京の都で感じませんでしたか?」
「というと?」
「もちろん、江戸にいてもありがとうとはいいますけど、京の都では何かするとすみません、じゃなくてありがとうさんって先に出るんですよね。それってすごくいいなぁって思ったんですよ」
なるほどなぁ、と腕を組んだ総司は縁側でセイが働くのを眺めた。
「神谷さんらしいけど、そういう理由なんですね」
「ええ。いいでしょう?」
「いいですね」
『……――』
ふと、何か声が聞こえた気がして、総司は外を見まわした。
「神谷さん?」
「え?」
「今何か……。気のせいですかね」
「何も聞こえませんでしたよ?風じゃないですか?」
桜の花びらが舞った青空のむこうを見上げる。
「風、ですかね……」
微かにつぶやいた総司の声はセイの耳には届かなかった。
そしてその夜。
セイが総司の代わりに良い知らせをと月に祈っていた夜を過ぎて。
身を清め、支度を済ませた大久保に刀を差しだした。
「ありがとう」
手にして差し出した内藤は、口には出さないまでもどれだけ言ってもきりがないほどのやりきれなさに苛まれていた。
決して死なせやしない。
そう思う傍らで、内藤の中でもう一人の内藤はひどく冷めた気分だった。
もう駄目だろう。
死なせないと思う反面、冷え冷えと冷め切った内藤の心はこの先をどうするかに向かっていた。
すぐに配下の者たちに次々と指示を出した後、安房守の元へ向かった。そこで野村に安房守の書状を託して別れたことで、さらに思い切りたくても思い切れない道に進むことになる。
勝と約束を交わしたあと、駆け回るついでということで千駄ヶ谷に足を向けた内藤は、猫を眺めて縁側で仲睦まじい二人を見かけた。
―― ああ。いいな。こういうのはいいな……
自分たちもこんな風に、大久保や試衛館の者たちと一緒に、空を見上げて剣をふるって、穏やかに過ごす。
「何やってんだ、お前ら?」
今にも儚くなりそうな思いばかりが頭を過るのを無理矢理断ち切るように二人に声をかける。
そして、総司が念を込めた刀をもって、足早に離れたとき、行ってくる、と言いながら“行く”ための力を分けてもらったのは自分のほうだ。
内藤のほうが弱った総司に力を分けるはずが、どうして総司の顔を見れば九つの頃からの負けず嫌いのほうが強くなる。
そうしてようやく足を止めずにいられるのだ。
ほんのわずかの時間だったからこそ、内藤は己に自覚せずにまた走り出すことができた。
「お前もどうして熱い漢だなぁ」
「そうか?」
ともに牢屋の中だというのに、相馬と野村はいつものように言葉を交わす。
「俺も、この武士の世は終わるのかもなぁと思ってる。だがな。こうして隊長や副長のおかげで武士として逝ける。誇りをもって、局長と逝けるなら望外の喜びだ」
「へぇ~。俺にはよくわかんねぇ。けどさ。そう悪くないと思うんだよな。こういうのも」
いつも調子よく物事を深く考えるたちでもない野村の言葉におや、と相馬は顔を向けた。
つながれた手を腹のあたりに置いたままで体の向きを変える。
「俺ぁ、難しいことはわかんねぇ。だけど、さ。長州のやつらも俺たちも幕府も、結局は誇りと誇りのぶつかり合いだろ?そしたらもう、とことんまでやり合うか、お互いが引くかしかねぇと思うんだ。大樹公が恭順つってひくなら、俺たちがその分まで誇りを守らにゃならねぇ。そうだろ?」
ふっと相馬はいつもあまり表情を変えないその顔に笑顔を見せた。
「簡単でいいな。お前」
「そうか?難しく言ったって変わんねぇだろ」
「そうか。そうだな」
「ああ。なぁ、こっから見ても空はやっぱり青いなぁ」
物見から見上げた空は青く、雲の流れだけが速く見えた。
— 続く