風は今も吹いているか 9
なんとか、今のところ、何を~!!というお声をいただいていないので、セーフなのかなと思っていますが、いかがでしょう。
あと1話分くらいで44巻終わります。
BGM:From now on
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
長い、長い時間の様だった。
夢の中を彷徨いながら時折、ひんやりした手が総司の額に触れて、ほう、と息を吐く。
時折、現に目を開けると隣に寄りかかって疲れ切ったセイが眠っているのを見た。
―― 神谷さん……
そばにいることへの安心と、どうしてこんな自分にここまでするのだろう、という思いをぼんやりと思いながら総司は時に目を閉じた。
―― 今頃、土方さんはどうしてるだろうなぁ……
土方のことである。近藤の助命を申し出てあちこちを駆け回ったはずだ。
その土方の耳にも近藤のことは伝わっているのだろうか。
―― あの土方さんの耳に入らないはずはない。いくら、どんな場所にいたとしても。
どれほど悲しむだろう。
あの人は、本当は優しくて、脆い人だから。
きっと今にも崩れ落ちそうな状態でいるんじゃないか。
そして、その土方の傷は、きっとこれから先癒えることなどないかもしれない。
その時、自分は傍にいられないかもしれないことも。
―― どうすれば……。私はどうすればよいのでしょうか
胸の内で何度も近藤に問いかける。
折れそうな心に鞭を打って、土方は闇雲に突き進むのではないか。
その心配を抱えていても、自分自身もままならない今、どうすればいいのか。
何度もそんな反芻を繰り返しながら日は過ぎていく。
少しずつ、起きていられる日が増えて、そして、自分の限りのある時間を改めて自覚することになる。
そうして、同時に想った。
毎日、小さなことにも心を砕いて、少しでも総司が心地よくいられるように、少しでも総司がよくなるようにとそれだけで生きているようなセイを見ていると愛おしさだけが降りしきる花びらのように積もっていく。
総司が寝込んでから、総司に寄り添っていたセイがずっと総司の短刀を、守り刀のように握っているのを見ていた。
あの日、泣き疲れるほど泣いてから一度もセイは泣かなかった。
同じくらい傷ついていただろうに、こうして笑顔で立ち上がろうとする。
―― ……神様。この娘の幸せの為に私にできることがただの一つもあるのでしょうか……
何度も何度も考えて、繰り返して。
そして総司は心を決めた。
いずれ、自分もいなくなる。そのあとに残る者のことを。
食事を終えて、人心地着いたところで、総司はセイが握っていた短刀を手にする。
襟足で束ねていた元結ごと短刀で切り落とした。
「……!!な……にをなさってるんですか!!」
切り落とした髪とともに、身が軽くなった気がした。
「土方さんの真似をしてみようと思ったんですけど……。あんなに格好良くはならないものですね」
遠からず私は死ぬ。
そして、土方歳三という男もまた。
すべてを、この娘に託すというのは酷なことかもしれない。
でも、ここまで共に生きてきて、もう自分の半身のようなものだから、残りの時間をどこまで生きられるかわからないけれど。
「これを私の形見に」
「!!」
「頼まれてください。私が死んだらこの髪を土方さんに届けてほしいんです」
怒られるとわかっていたが、きっと泣きながらでも引き受けてくれるとわかっていた。
―― 最後のわがままを……。ずるいと怒ってくれていいんですよ。神谷さん
最後に私が望む、ただ一つのことを。
「私の妻になってください」
何ができるわけでもない。家があるわけでもない。
戦場にでて、この名を旗印にできるわけでもない。
それでも何かを。
心を。
未来を。
遺していけるなら。
「この先の余生は……。あなたのために生きたいと思うので……」
どこまで、セイが総司の覚悟と想いを汲み取ったのかはわからない。
それはいつか、近藤や山南とともに、笑いながら聞く日がくるだろう。
顔を押さえて泣き出したセイが、泣きながらゆっくりと手をつくのを見た。
「謹んでお受けいたします……!」
「よかった……!」
神様。どうか、どうかお願いします。
畳についた手がきつく握りしめられたのをみて、そこに骨ばった手を重ねた。
現代のように、指輪があるわけでもなく、夫婦になっても証となるようなものはあってないようなものだ。まして今の総司に人別に名を残すことも、主家の家臣名として名が残るわけでもなく。
それでも、この約束は何よりも二人にとっては確かなものだった。
今までも何度も、互いにその想いを感じ、互いの幸せだけを願っていることを感じ取ってきたが、初めてそれを口にしたわけである。
口に出してはならないと固くセイが思い、口に出すまいと生涯の誓いとしてきた総司の覚悟を超えて誓った約束は、何もかも亡くなっていく中で最後に残った宝物のような日々を生み出した。
—続く