悪童達の双六遊び 1

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。この人たちって、どこまで行っても悪がきというか・・。

BGM:
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「雨?」
「雨」

一番隊の隊部屋ではこのところこうした会話が毎日のように交わされていた。
雪よりも雨の日が増えている。節季は雨水に入り、当然と言えば当然なのだが、雨が降るとこの部屋の中は勢い暗くなってしまうのだ。

雨が降ると、まず、セイが不機嫌になる。なぜかと言えば、洗濯物が乾かなくなるから。
雪ならばよいのかと思うが、雪はそれほど湿度を感じず、凍ってしまうということはあっても干せないわけではないということらしい。それはそれでどうかと思うが、とにかく雨が降れば掃除もできなくなり、稽古も道場だけになる。
ましてこの時期の雨は、まだ雪が溶けた雨である。

寒いし、冷たいことこの上ないのだ。

そして、総司が不機嫌になる。
セイの不機嫌に影響されることも大きいのだろうが、何より、巡察に出るときが一番なのだ。言うまでもなく、蓑を着て笠をかぶっていても、濡れないことはない。
手足が濡れて冷えれば体も冷えてきて、当然動きも鈍くなる。

咄嗟の反応が遅くなるのだ。それを何より嫌う。

「でも、今日は巡察ないだろ」
「そうだな」

最も機嫌の悪くなるはずの二人が今はそれぞれ隊部屋にいないために、それぞれ、部屋の中に置かれた火鉢を囲むようにしてひそひそと語り合う。

ちょうどセイは蔵の中を片付けに行っていて、総司は幹部棟に行っているはずだった。

「っくしゅ!」

埃のせいなのか、寒いからなのか、大きなくしゃみをしたセイはぐす、と鼻をすすると再び、蔵の片付けに戻る。
雨降りの時しかこんな面倒で後回しにしていたことに手を出したりはしない。

いるものと、いらないものをわけていくうちに、何かの箱の下に挟まっていた紙がひらりと足元に落ちた。

「ん?」

なんだろうと、手にしてみると、何やら資料や書類の類ではないらしい。薄暗い蔵の中を照らすために持ってきていた灯りを引き寄せた。

「……?」

こんなものを屯所においている人物などセイは一人しか思い当たらない。
それを懐に入れると、灯りを持ってセイは蔵を出た。

一番隊の隊部屋に戻ってきたセイは、部屋の中をのぞいて総司の姿がないことに気付いた。

「あれ?沖田先生は?」
「はい。ここですけど」

部屋に入りきる前のところで立ち止まっていたセイの背後から急に声がして、セイは驚いて飛び上がった。

「うわっ!!」
「うわってひどいなぁ。どこだって聞いたくせに」
「だっていきなり背後からその本人が返事をしたら驚きますよ!誰だって」

心外な、と拗ねた総司にドキドキする胸をおさえながら、セイは障子をあけて部屋へと総司が入りやすいように一歩下がった。
肩をすくめた総司が、温かい部屋の中に入ると、セイもその後から部屋へと入り、障子を閉めた。

「で?何の用です?」
「あ。これです、これ。沖田先生のものじゃありませんか?」

懐からセイが畳んだものを丁寧に取り出した。
紙が弱くなっているので、そうっとそれを開くと、総司が覗き込んできた。

「私のですか?」
「沖田先生以外に思いつきませんでした。違います?」

逆さから覗いて、初めは顔をしかめた総司だったが、セイが気づいて向きを変えると、ああ、と手を打った。

「本当ですね!私のです。どこにあったんです?ずっと前に、姉のところに送ろうと思っていたのに紛れてしまったので、仕方なくもう一度買って送ったんですよねぇ」

くたっと、湿気と時間の経過ゆえか、今にも破れてしまいそうな紙は双六だった。京都と江戸の間を描いたもので、名物や名勝が描かれている。

やっぱり、と微笑んだセイと懐かしいと見入っている総司に、初めははらはらと様子を見ていた隊士たちがなんだと集まってきた。

「なんすか。双六じゃないすか」
「そうなんですよ~。姉の子供たちにと思ったんですけどねえ」

ごそごそと覗き込んでくる隊士たちにも見えるようにして、総司はほらほらと見せた。
急に甥っ子姪っ子を思い出したらしく、機嫌がよくなった総司に、皆がほっとして話題に乗り始めた。

「はは、これ、ウチに当てはめたらさしずめ、この一回休みは”副長に怒られて一回休み”ですね」
「ああ!それ!!あるある!」

双六にありがちな途中にある休みのしるしに、誰かが指をさして言い出した。どっと笑いが起こり、次々に声が上がる。

「じゃあ、この一つ進む、はあれだろう?待機で稽古、とかさ」
「だめだめ!それじゃつまんねぇよ。だったら、こうだろ。神谷、沖田先生と甘味どころへ」

先ほど以上にどっと笑いが起こって誰かが紙を持ってきて、山口が筆の先を舐めながら言った。

「待て待て。じゃあ、初めからな。初めは入隊からか?」

確かに、暇だったのかもしれない。そして、雨でろくに表に遊びに行くこともしづらいということで、退屈していた皆は次々と遊び始めた。

「皆さん、暇ですねぇ」

そういいながらもいつになく総司は面白がっていた。

– 続く –