風の行く先 14

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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裏門から戻ってきた二人を見て、やきもきして待っていた隊士達はどっと力が抜けた。二人がこれといった怪我もなく、穏やかに話しをしていたのだ。

いつものような穏やかさで語らいながら幹部棟へと向かう二人を止める者はもういない。
局長室に向かった総司は廊下に並んでいる原田達の前を通って局長室へと入った。総司が来ることはすでにわかっていたのか、土方も局長室にいて、総司は声をかけることなく部屋に入ると二人に向かって手をついて頭を下げた。

「すみません。近藤局長、土方副長。処罰なら甘んじて受けます」

目の前で手をついている総司を見て土方が鋭い舌打ちをする。

「お前ぇ、それは報告って言わねぇんだよ」
「そうだな。総司。ちゃんと話してくれないか」

土方に続いて近藤にも畳み掛けられた総司は、どこか晴れやかな顔をあげた。

「申し訳ありません。すべて私の独断です」

総司の答えを聞いて、近藤と顔を見合わせた土方が腕を組んだ。視界の隅には細く開けられた障子の隙間から原田達の目がぎょろりと覗いている。

「お前、まさかそれで本当に話がすむと思ってるわけじゃねぇよな?」

再び頭を下げた総司には見えていなかったが、ニヤニヤとした笑みが口元に広がっている。障子の隙間に向かって、指先を動かして中に入れと呼びつけた。

「総司。神谷は女なんだな?」

ずばりと切り込んだ土方に総司は伏せたまま目を閉じた。

ついに、この日が来たかと。

障子をあけて話を聞いていた原田と永倉が驚いて顔を見合わせた。斉藤の顔を見た藤堂は知っていたのが自分だけではないことにむっとして、わからないように斉藤の足元を蹴っ飛ばした。

「すべての罪は私にあります。神谷さんはもう隊を辞めた身ですから、罰なら私にお願いします」

しん、と誰も何も言わない間に、局長室の空気が変わった。総司の目の前に座っていたはずの土方が立ち上がると、すっと隣の部屋の襖を開けた音がする。

「総司。お前、神谷が女だと知っていたんだな?あいつが女だということをこれ以上隠しているには無理があると思った。だから……、強引に奴を除隊にまで持ち込んだのは、事が露見したとしてもすべて自分が被るつもりだったんだろう?」
「すべては神谷さんが入隊したときから傍においてきた私の罪です。ご存分に処断を」

事の成り行きを見守っていた幹部達が互いに顔を見合わせている。笑いをかみ殺した土方の声が、総司の頭の上の方から聞こえた。

「総司はこう言ってるが、お前はどうなんだ?……神谷」
「?!」

がばっと頭を上げた総司が振り返ると、なぜか襖が開けられた副長室に先ほどの家にいたはずのセイが手をついて頭を下げていた。

「なんっ、どうして!」

セイの姿を確認した総司が顔を上げると、表情を引き締めた土方がじろりと総司を見下ろした。急に青ざめた総司に近藤が口を開いた。

「総司。神谷君は、夕べ、俺達のところに話しに来てくれたんだよ。お前に迷惑をかけるくらいならばと、その身を偽っていたこと、お前はただ身寄りのない神谷君を庇ってくれただけで、今のお前と同じようにすべての罪は自分にあるとね」
「そして、俺は今朝、幹部会の前に松本法眼と南部医師に確認してきた。神谷の話が嘘偽りのないものだってな」

みるみる表情の変わる総司にセイは顔を伏せたまま手をついている。

「神谷さん?!貴女、本当にそんなことを……」

驚くよりも青ざめていく総司を近藤が手で制した。

「まあ落ち着きなさい、総司。いくら何でもこれまでの神谷君を見ていた俺達が、判断を誤ることはない。なにより、まず先にお前がどう思っているのかがわからなかったんだ」
「ったく、一言先に相談すりゃ悪いようにはしないのに先走りやがって。お前が貸家を探していることくらい俺の耳に入らないとでも思ったのか?」

局長室に顔を突っ込んでいた組長達の中で斉藤が頷いた。

「俺が耳にしたのも同じだ。家を探していると聞いた。すぐ住めるように家財道具も集めていると聞いたのでな。休息所でも持つのかと思ったのだが」
「休息所?!」
「どうやらこの流れでは……、沖田さんは神谷を住まわせるつもりらしいが?」

薄々は話の展開が見えて来てはいても、斉藤の口から断言されると驚きが広がる。藤堂だけは話の流れよりセイがその場に戻ってきていたほうに驚いていた。
この場に顔を出すことがどういうことかわからないはずはないだろうに。

総司はせっかく除隊させたセイがここに戻っていることに青ざめていた。考えることが苦手なのに、これだけは他の誰にも相談できるものではないと思い、覚悟を決めた日から黙って動いてきた。
そんな総司の目の前に土方が屈み込む。

「お前も神谷も大馬鹿だ」
「申し訳ありません。ですが!」
「黙れ!」

処罰を与えるならば自分だけにしてほしいと繰り返そうとした総司に土方が怒鳴りつけた。総司の胸倉を掴んで引き起こすと、そのまま拳を振り上げた。
派手な音がして総司が背後にいるセイの方へと殴り飛ばされて転がった。

目の前に倒れ込んできた総司にセイが慌てて、飛びつく。その手を振り払って、総司がセイを背後に庇う。

「処罰を言い渡す」

総司に背を向けた土方が、近藤と原田達に向かって意味深な笑みを浮かべた。

「一番隊組長沖田総司、向こう一月の非番返上と休暇無し。それから神谷!」

思いのほか軽い処断に総司が顔を上げる。その総司越しに土方がセイの方へと振り返った。

「お前は、除隊した身だ。だが、これまでの分として処罰を言い渡す。いいか?」
「あ……。はいっ!!」

「局長と俺の手伝いとしてこれからも働くように。ちなみに、一月は謹慎だ。謹慎があけたら女子姿でいいからここに総司と一緒に通って働け。そのころにはその頭も何とかなってるだろう。なあ、それでいいだろう?」

最後の一言は、原田や藤堂達に向けられたものだった。幹部会が終わった後、解散させてから近藤と土方は十分に話し合っている。

総司をどうするのか。総司と一緒になるとしても、セイをどうするのか。
これまで多くのことを見聞きしてきたセイをいくら総司と一緒になったとしても、ほかの除隊した隊士と同じように扱うことはできない。
ごほん、と近藤が咳払いした。

「俺も、歳の処罰に賛成だ。ということで、だ。皆、猶予は一か月しかないぞ!この二人の祝言の支度だ」

にっと笑った近藤を見て原田達が拳を振り上げた。

「よっしゃー!!まかしとけ!」
「総司!!てめぇ、わかってんだろうな!!」

いつの間にか組長格以外の隊士達も集まってきていた。やる気満々で頷いた、原田達の中から藤堂が一歩前へ出た。

「土方さん。処罰には賛成なんだけどさ。俺もいいかな?」
「あ?」

振り返って藤堂の顔を見た土方は、ふん、と鼻を鳴らして両手を開くと一歩後ろへと下がる。セイを背後に座っていた総司が、顔を上げた。土方に殴られた頬が色が変わってきている。
総司に手を差し出した藤堂は、総司が立つのを待ってから、にっこりとほほ笑んだ。

「じゃ。総司。これ、俺と、みんなの気持ちね」

ばぐっ。

土方が殴ったのとは反対側の頬を藤堂が思いっきり殴り飛ばした。

「幸せにならなかったら承知しないからね!!」

それを見ていた者たちが一斉にわぁっと声を上げた。
次々と局長室や副長室に雪崩込んできた隊士達でいっぱいになる。

「沖田先生!!おめでとうございます!!」
「神谷~!!よかったな~!!おめでとう!」

皆、セイが女だったということに驚いたが、それよりも、総司と夫婦になるというところに諸手を上げて喜んでいた。
そんな騒ぎの中で近藤が殴り飛ばされた総司の傍に近づいた。

「なあ総司。それで結局のところ、返事はもらえたのかい?」

口の端が切れて流れた血を拭った総司が、それだけは嬉しそうに頷いた。同じように、微笑んだ近藤がよかったな、と呟いて総司の肩を叩く。そして、その肩に半べそをかきながら縋っているセイを見た。

「神谷君。いや、おセイさん。総司をよろしく頼みます」
「局長……!申し訳ありませんっ。ありがとうございます!!」

泣き出したセイの肩を守るように手を置いた総司が土方と近藤に向かって頭を下げた。照れくさそうな顔をした土方が手の甲で鼻のあたりを擦った。微かに、涙ぐんでいたらしい。

「ったく、お前らはどこまでいっても面倒掛けやがるからな。ここに置いてずっと見張ってやる」
「土方さん!!大っ好きですっ」

ボロボロの顔で総司が土方に抱きついた。涙を拭っているセイを近藤が頭を撫でた。

それから一か月後。
髪の伸びたセイと総司の祝いの席が設けられた。風が見つけた居場所を祝う声が。

– 終わり –