湯気の向こうに 2

〜はじめのひとこと〜
期待しちゃってるでしょwww

BGM:
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隊士棟へと続く廊下を歩き出したセイは、ぽたぽたと滴を垂らしながら隊士部屋へと向かった。隊部屋へたどり着いたセイを見た隊士達がうっと言葉に詰まる。

「……その姿」
「さっきの雨に降られちゃって」
「だからって沖田先生まで……」
「えっ?!」

袴の裾を持ち上げてなるべく床を汚さないように気を遣っていたから、セイは自分の後ろを総司がついてきていたことに気が付いていなかった。

「沖田先生?!幹部棟に向かわれたんじゃ?!」
「だって、神谷さんが着換えしちゃうっていうから、自分の着替えを取りに来たんですよ」
「お持ちしますよ!風邪ひいちゃうじゃないですか。早く風呂に行ってくださいよ」

ばさっとおさえていた袴の裾も払って、セイがこぶしを握りしめた。困った顔を浮かべている総司と怒っているセイのところに、小川が代表して声をかけた。

「沖田先生。神谷」
「「はい?」」
「今すぐ!!ただちに!!風呂へ入ってください!!」

仁王立ちした隊士達を前にうなだれた総司とセイは互いに困惑した顔でぶつぶつと呟いた。

「でも神谷さんは風呂は……」
「わ、私は着替えだけで……」

もそもそと言い訳を口にしながらセイは自分の行李から着替えを取り出そうと一歩踏み出したところに、総司とセイの行李が押し出された。
その背後に仁王立ちの隊士が並ぶ。

「そんな姿で隊部屋に入られたら困ります!!」

「「……すいません」」

しぶしぶ、それぞれの行李から着替えを取り出すと、ずいっと山口が二人に向かって手を差し出した。

「ん?」
「刀!預かります!!」

ぬぅ~っとそれぞれが刀と脇差を差し出すと山口が二人の刀を預かって、隊部屋へと戻っていき、代わりに相田が前に進み出てきた。

「神谷。お前もちゃんと風呂に入って来いよ」
「や、でも、私は」
「お前がたった今言ったんだろ?!風邪ひくって!」

怒鳴られてうなだれたセイの首根っこを総司がひょいっとつかんだ。

「ほら。仕方ないでしょ。行きますよ」
「えええぇぇ!?お、沖田先生?!」
「ほっといても風邪ひくだけですからね。幹部棟の風呂は一つだけですし」

猫の子をぶら下げるように総司がすたすたと幹部棟へと歩き去って行った。残った隊士達は、二人の行李を下げて、半数が雑巾を手に二人が汚した床を掃除に向かう。

「まったく面倒くせぇ二人だよなぁ」
「まあ、どこまでいってもあの人らはなぁ……」

皆がそれぞれ深いため息をついた。

「いちゃいちゃだからいんじゃね?」

 

 

ずるずると総司に引きずられていたセイはじたばたともがいた。

「お、沖田先生っ」
「いいから静かにしなさい」
「だって……」

暴れるセイを連れて幹部棟の廊下ではなく、濡れ縁側を歩いて局長室の奥庭から、風呂場へと向かう。幹部棟の風呂場は隊士棟の風呂場とは違い、囲われた脱衣所とその奥の室内に風呂が構えてある。
その前まで来たところで手を離した総司は、そっと口元へ指を立てた。

「いいですか。もう、ああいわれてしまったら下手に避けていればいるほど疑われてしまいますからね。ここなら外から見えることもありませんし、脱衣所で交代して入れば誤魔化せるでしょう」
「あっ、なるほど!さすが、沖田先生」
「ね?」

ぱぁっとセイの顔が明るくなって、総司と密かに笑いあった。ここで騒いで、今度は土方に見つかりでもしたらもっと始末に負えない。頷き合うと、何事もなかったような顔で、脱衣所の戸を開けた。

「あ。沖田先生、神谷さん」

小者がちょうど湯の加減をみて、出てきたところに出くわした。総司とセイが酢でも飲んだような顔になる。

「お二人とも本当にひどい姿ですねぇ。さ、早くお入りくださいまし。濡れた着物はお二方ともこちらに出しておいてくださいね。お二人が風呂に入られましたらお預かりしにきますんで」
「……!」

気を利かせてくれたのだろうが、それでは交代で入るというわけにもいかない。呆然としている二人を残してさっさと小者は出て行ってしまった。

「ど、どうしましょう」
「どうしましょうって言っても……。とにかく中に」

こんなところでごちゃごちゃ言っているわけにはいかない。脱衣所に入って着替えをそれぞれ竹駕籠へ置くと、元結を解いた総司が髪をかき上げた。

総司にとっても、セイと風呂に入るなどとんでもないが、この状況ではどうしようもない。さっさと済ませてしまうしかないと思った。

「仕方がないですね。私が先に風呂に入って、向こうを向いていますから貴女はさらしと下帯で入っていらっしゃい」
「なっ、そんっ」
「いつまで言ってても仕方がありませんし、汚れた着物を引き取りに来てくださるのに長着を着て風呂に入るわけにもいかないでしょ?」

ぱっと着物を脱いで、手拭を手にした総司は器用に腰に巻いて下帯まで外した。セイの分がないのは仕方がなくても、二人分の下帯がなければそれはそれでまずかろう、と思ったのだ。
真っ赤になったセイは脱衣所の入口の方を向いて目を瞑っている。がらりと背後で風呂場の戸を開けた音がした。

「じゃあ、お先に入ってますから」
「あっ!はいっ!!」

がら、と再び戸が閉められると、はぁ~とセイは深いため息をついた。こんなところでもたもたしている間に小者が着物を引き取りに来ても困る。袴を脱いで、渋々と長着も脱いだ。

濡れたさらしが体に張り付いている状態で、さらに手拭で胸元を隠して風呂場の入口に近づいた。少しだけ戸を開けて中の総司へ声をかけた。

「あ、あの……っ。入りますっ」

真っ赤になったセイは俯いてなるべく総司の方を見ないようにすると、戸を引きあけた。昼間のことだけに、湯気もそう多くはなく、湯殿の中もそこそこ明るい。

ちらっと背を向けて湯につかっている総司の頭を確認すると、セイは横を向いて湯船に近づいた。

 

– 続く –