湯気の向こうに 6

〜はじめのひとこと〜
地震のせいでちょっとずれこんじゃいました。

BGM:
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夕餉を食べ終えるのもそこそこに斉藤と総司は連れ立って姿を消した。裏庭に総司を連れ出した斉藤は、くるりと振り返るなり総司の胸倉をつかむ。

「アンタ、いったいどういう了見だ!?」
「落ち着いてくださいよ。斉藤さん」
「これが落ち着いていられるか?!惚れた女がほかの男と風呂に入ったと聞いて冷静な男がいたらお目にかかってみたいものだな!」

総司の顔面に迫ってくる斉藤に少しだけ目を伏せた総司は、ポリポリと頭を掻いた。

「ですから仕方がなかったんですよ。神谷さんと甘味を食べに外出した後、帰り道で夕立にあっちゃって。暑かったし、濡れて帰るのもいいですねってことになったんですが、屯所につく前に雨が上がってしまったものだから、足元が泥だらけになっちゃったんですよ」
「だからと言って一緒に風呂に入る理由になるか!!」
「だって、小者の皆さんが一緒にはいってしまえっておっしゃって、二人分の汚れ物を始末するって言われたら、そこで嫌だなんだって言ってると、おかしく思われますし、土方さんでも出てきちゃったら余計に面倒でしょう?」

確かに総司の説明は筋が通っているようだが、それでも斉藤の腹の虫はおさまらない。

「だからと言って!!中で入れ替わるなり、うまいやり方があっただろうが!!」

かちん。悶々としていたのは総司も同じだったところに、斉藤から責められて珍しく総司もむっとして言い返した。

「私は部下と一緒に風呂に入っただけです」
「そうか。じゃあ、俺は俺で惚れた女と一緒に風呂に入ればいいな」

売り言葉に買い言葉で切り返した斉藤は、総司の胸倉を離すとすたすたと隊部屋へと戻っていく。苛立ちを噛み締めたまま、総司はその場に立ち尽くしていた。

裏庭を後にした斉藤は勢いに任せて、一番隊の隊部屋へと向かった。

「神谷」
「はい、斉藤先生。なんでしょう?」
「ちょっと背中に何かができたようでな。すまんが、一緒に風呂でも入ってちょっとみてはくれぬか」
「それなら、薬のある病間にでもいって……」
「いや、たいしたものでもあるまいが、たかができものにあれこれいうところをほかの者に見られるのも気恥ずかしい。風呂ならば二人っきりで見てもらえるだろう?」

ひそひそと声を落として会話していたが、そこはそれ、場所が場所だけに聞き耳も当然立っている。セイが困っていると、背後から山口と相田がセイの両脇に立った。

「どうしたんすか?斉藤先生!」
「風呂がどうとか聞こえましたけど?!」

笑顔ではあるが、どう見ても斉藤にかみつかんばかりの勢いの二人に、セイが斉藤の話をどこまでどう説明したものかと思っていると、山口と相田が畳みかける。

「お背中でも流しましょうか?!三番隊のやつら先生のお背中を流すこともできないんですかねぇ」
「いいっすよ!!じゃあ俺たちが総出でお背中流しますよ!なあ、神谷」
「え、ええ……でも」
「なあに、斉藤先生だけじゃなくて、先生方皆さんの背中を流せばいいだろ?」

斉藤一人ではなく、幹部たちの背中を流すと言い出した山口に、後ろにいた隊士達が反応した。

「おう、俺たちが先生方全員、相手さしてもらいますよ!!」

隣の部屋の騒ぎを何事かと顔を出していた三番隊の隊士達をにやりと眺めた相田に、見ていた三番隊の伍長が食いついた。

「なんだ、どういうことだよ」
「いやあ、斉藤先生が、組下のあんたたちじゃ背中も流してもらえないってんでこっちにみえたんでなぁ。俺達が先生のお背中をお流ししようって話になったんだよ」
「なにぃ!?斉藤先生!本当ですか?!」

完全に山口と相田のペースに巻き込まれた斉藤は、ひくにひけなくなって、あ、う、と口の中で呟いた。きょろきょろと皆の顔を眺めていたセイは、山口達と、三番隊の隊士達の言い合いが加速していくのをどうしていいかわからず、おろおろしてしまう。止めようがなくていると、結局のところ、一番隊対三番隊の幹部の背中流し対決ということにいつの間にかなってしまっていた。

「よし!対決だ!!」
「おう!じゃあ、さっそく明日だな!!」

ぐるん、と一番隊と三番隊の隊士が斉藤を振り返った。

「「じゃあ、斉藤先生!!明日、お背中流しますから!!」」

ハトが豆鉄砲をくらったような顔をしている斉藤を残して、さっさとセイを連れて一番隊の隊士達は隊部屋へと戻っていくとぴしゃりと障子を閉めた。
隊部屋の中に連れ込まれたセイは山口と相田に部屋の奥へと連れ込まれると、皆に取り囲まれた。

「馬鹿!!神谷!」
「そうだよ。いいか?沖田先生以外の先生にその肌を許す気か?!」
「は、肌を許すって!?」

真っ赤になったセイがぎゅっと自分の体を抱きしめると皆が寄ってたかって説教を始めた。

「馬鹿だな、お前!風呂に入りたいって言われて素直に頷くやつあるか!」
「当たり前だろ?沖田先生以外とそんなことする気か?!」
「あ、あるわけないだろ!!そんなこと!!っていうか、沖田先生だって入りたくて入ったわけじゃ……」

相変わらずのセイの言いっぷりに、ひそひそ隊士達が呟く。

「相変わらず鈍いよなぁ」
「沖田先生も大変だ。苦労するよなぁ」
「今頃どっかで鼻血でもだしてなきゃいいけどなぁ」

隊士達の言い草にセイが真っ赤になって怒鳴った。

「いい加減にしろよ!!もう」

皆を押しのけたセイは、ぷんぷんと肩を怒らせて隊部屋を出て行った。すごすごと皆は寝る支度を済ませると、それぞれに床に入り始めた。

隊部屋を飛び出したセイは、幹部棟と隊士棟をつなぐ廊下の端に座って、足をぶらぶらと揺すっていた。
ただ甘味を食べに出かけたところから大変な騒ぎになってしまったと思う。ふと思い出すと、総司の浅黒い背中や、小者が表れたときに、素肌を抱きしめられたことが蘇ってくる。

ついっと胸のあたりを指で引いてちらりと胸を覗く。

「隊士としては都合がいいんだけど、女子としてはねぇ……」

普段からさらしで押しつぶしているし、自分でもまじまじと眺めることなどほとんどないが、きっとほかの同年の女子よりも胸はないのだろう。こんな胸を見られたと思うと、恥ずかしくて恥ずかしくて、思い出すだけで顔から火が出そうだ。

しばらくの間、一人で真っ赤になって足をぶらぶらとさせていたセイは、深く息を吐き出した。どうしても頭から離れないなら今日だけは思いきり、あの二人だけの時間を思い出せばいい。

もうとっくに湯を入れ替えているはずの幹部棟の風呂に向かうと、音を立てないように静かに脱衣所に滑り込んだ。手燭の明かりが暗い脱衣所の中にセイの陰を揺らめかせる。

湯気の向こうに6

セイが出てきたときに総司が座っていた床几の上に手を滑らせる。
そういえば、風呂をでてからろくに総司と顔を合わせていなかった。着替えの籠を差し入れてくれた時に総司が立っていたはずの湯殿への戸に片手を当てて、目を閉じる。

ここにいたはずの背中を思い出す。

夢を見るのは夜だから。

まだ湿気を含んだ仕切りが、音をたてないようにくっと下に向けて力を入れると、湯殿の戸を開いた。

今はこうして、この場所で見た夢の時間を思い出そう。覚めない夢のように。

 

– 終わり –