続々・湯気の向こうに 3

〜はじめのひとこと〜
あららら。総ちゃん、どんだけ己を見失ってるのやら。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「ちぃっとも酔わねえなぁ。お前」
「土方さんこそ、珍しいじゃないですか」

ぐだぐだに酔っぱらった土方が大の字に寝転がって、それでもなお、直接、銚子から酒を飲もうとして盛大に零している。

同じくらい飲んでいるはずなのに、確かにちっとも総司は酔わない。
飲んでも飲んでもほろ酔い状態からは抜けきれず、酔ってしまえば楽になるのにと思っているのに、思うようにはならないと思う。

半分、眠りかけた土方が下からぼそぼそとしゃべり続けていた。

「総司ぃ……。よかったなぁ。剣術馬鹿でよぅ、勝っちゃんのあとばっかくっついて歩いていたお前がなぁ。生きててよかったって思うだろ?なぁ……」

―― 聞いてんのか?

ぱたりと力の抜けた土方の手から転がった銚子を取り上げて、膳の上に置く。
こぼした酒を軽く拭いて、脱ぎ捨ててある土方の羽織を手にすると、上にかけてやった。とうに、外泊の届は出してあるため、朝が来るまでこうしてひたすら飲んでいるのもいいかもしれない。

今日は、朝起きてからおはようの挨拶もしたかどうかという状態で、セイの顔を見た覚えさえない。まともに顔を見たのは巡察の時くらいで、その時さえ視線を合わせないようにしていた。

総司の態度が変わったことを敏感に感じ取っているらしいセイもあえて近付いては来ず、総司を困らせるように視線を向けることもない。

「……駄目だなぁ、私は」

土方の隣にごろりと横になった総司は、ぼんやりと考えていた。

そういえば、こんな態度を取るようになって、セイはどう思っているだろう。
自分の苦しさだけで避けてしまっていたが、急にそれが気になりだした。嫌われたとは思っていないだろうが、傍から見れば関係をもった後に急に態度を変える男なんてどう思うだろう。

明日、戻ったらセイと話そうと思ったところで現実の記憶が途切れた。

 

「もし、沖田先生。もし」

店の女中に揺り起こされた総司ががばっと飛び起きた。

「あれっ」
「お目覚めにならはりましたか?」

くすくすと笑われて、周りを見ると、すでに昨夜の膳は下げられて部屋の中も整えられている。
朝餉らしい膳もあり、土方の姿はない。

「あの、私だけですか」
「へぇ。副長はんはとうにお戻りになってます。お代も頂戴してまして、時間になったら沖田先生を起こして朝餉をお出しして屯所へお戻しするように言いつかってます」

時間、と言われて、慌てて窓の外を見ると、陽は随分と高くなっている。

「ありがとうございます。朝餉は結構です」
「あきまへん。副長はんからきっちりと食べさせるよう言われてますし、昼までにお戻りになればいいそうですよ」

その間に頭を冷やせということなのか。

慌てて立ち上がっていた総司は、しょんぼりと座り込んだ。その前に白粥と味噌汁、香の物に梅干しのあっさりした膳が置かれる。

「すみません。すっかりご迷惑をおかけして」
「いいえ。酔って暴れはるお客さんもいらっしゃいます。先生方は全然。お気になさらんといてください」

頭を掻くと、自分から強い酒の匂いがする。その匂いに顔をしかめた総司はすみません、と断って、先に厠と顔を洗いに出た。

屯所に戻った総司は、まだ酒気を強く漂わせていて、本人は酔ったつもりではなくても、相当飲んだらしい。
戻ってすぐに副長室へと顔を出した総司に、土方が顔を顰めた。朝、早々に起き出した土方は、屯所に戻り水を浴びてこざっぱり着替えも済ませている。

「すみません。遅くなりました」
「今日は隊務はいいのか」
「夜は巡察がありますが、それまでは……」
「頭はちゃんとしてるみてぇだな」

どうやら、隊務を忘れるほどかと試されたらしい。
すでに仕事にかかっていた土方は、文机から顔を上げると手で追い払う仕草をする。

「そんな姿でうろうろしてるな。あっちの風呂は今頃掃除してる頃だろうから、こっちの風呂をつかって、身奇麗にしてこい。神谷に言って湯を沸かさせてある」
「……わかりました」

一瞬の間を総司にとっては幸運なことに、土方は見逃した。昨夜来、総司の様子がおかしいことはわかっていたので、疑問に思わなかったのだ。
頭を下げて、その足で幹部棟の風呂場へ向かう。
どく、と心臓が脈打つのをこれほど意識したことはなかったかもしれない。

幹部棟の奥へと足を向けた総司は引き戸の前で立ち止まった。
浅く息を吸い込んで、戸を開けると中には人気がなく、ほっとした総司は脱衣所に入り、ばさばさっと着物を脱いで湯殿に入った。

湯気の立ち込めた湯殿の中で、頭から熱めの湯を何度もかぶる。

―― ここで……

うっかりすると思い浮かべてしまいそうになる幻想を湯で流した。

「……ふう」

手桶を置いて、ため息をついたところに、かたん、と小さな音がする。
足音を押さえてはいるが、誰かが来たらしい。小さく、みしと竹の籠の音がする。立ち上がった総司は、そっと気配を窺ってから湯殿の戸を開いた。

「ひゃっ」
「神谷さん!」
「あっ。すみません。副長に言われて着替えをお持ちしただけで、すぐ出ますから!」

急に明いた戸に驚いたセイは、すぐに顔を逸らして総司の方をみないようにして着替えの入った籠を押し込んだ。
そそくさと立ち上がって、脱衣所を出て行こうとするセイの腕を反射的に総司が掴んだ。

「待って!」続々・湯気の向こうに
「離して下さい」

掴まれた腕を振りほどこうとするセイの肩を掴んで、自分の方を向かせる。
困惑したセイの目が揺れていて、それを見た瞬間、頭から何かが弾けた。滴をたらしている姿のままで、セイを引き寄せると強引に口付けた。

「……ん、嫌っ」

思い切り振り払われて、セイの腕を掴んでいた総司の手がセイの白い肌に赤い引っかいたような跡を残した。
ぼろっと泣き出したセイが、後ろも見ずに走り去っていった。

 

 

– 続く –