風天の嵐 1

〜はじめのつぶやき〜
大変ご無沙汰してしまいました

BGM:Lady Gaga The Edge Of Glory
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非番返上になった総司が朝、家を出ようとしていた時には、セイはまだ少しだけ拗ねていて、総司に屯所に泊まってくればいいと言った。

「そんなこと言わないでくださいよ~」

情けない顔でぼやく総司にセイは、べっと舌を見せた。

「だって、意地悪い顔をされていたのは総司様ですもん。早く行かないと副長に怒鳴られますよ?」

土方に悋気を起こしかけた総司に向かって、少しだけ棘を含ませて言い返す。
確かにもう家を出ないと確かに土方に怒鳴られかねない刻限に渋々と総司は家を出て行った。
あれこれ言いながらも結局いつものように総司を送り出したセイは、今日もあまり具合のよくない腹に手を当てて呟いた。

「お前も父上みたいにやきもち焼きさんだと困るんだけど?」

ひっそりと呟くと腹の中で返事をするようにぽこん、と蹴られた気がした。
洗い物をしようか、片づけをしようか迷っていたのだが、あまり具合がよくない自覚はあったので、おとなしく日当たりのいい縁側の傍で、繕い物をすることにした。

裁縫箱と端切れを傍に置くと、座布団を少し壁に寄せかけて具合よく整えたところに腰を下ろす。ふと、昨日の襲撃を思い出した。
昨日の今日ではすぐに何もわからないだろうが、あれは何だったのだろう。
千野のような妻女を狙ったのは何故だろうか。それが、評判の若い美女というのであればわからなくもないが、いくらかわいらしくても相手は妊婦である。それをわざわざ狙うにはよほどのわけがないとありえない話だ。

まだ産後もまもなくてその身も落ち着かないだろうが、しばらくしたら千野の元を訪ねてみようと思った。

日差しが当たっている分、寒くはないが、すっかり秋風になってきた昨今、開け放った小さな庭先から、爽やかな風が吹き込んできた。

その風に、懐かしさを覚えたセイはふと、総司みたいだと思って一人笑ってしまった。

いつかも同じように総司を風のようだと思ったものだ。不安に駆られてばかりいたあの頃とは違って、今はセイの傍にいてくれるが、それでもやはりこの風を好きだと思う。

「少しだけ気難しいけど、ね」

一人、呟いてはまたくすくすと笑いながら、セイは繕い物に精をだす。穏やかな一日だと思っていた。

―― 何だろう

女子にとって、縫物や繕い物は、針を進めているときに無心になる瞬間がある。それは剣術の稽古をしているときにも似ていて、目は針を追い、手は布を動かしているのに、頭のどこかで周囲の事を知覚しているのだ。

ああ、鳥が鳴いている。
草花に蜂が飛んでいるみたいだ。
向こうの家の子供が表で遊んでいる。
水瓶に新しい水を汲んでおかないと。
野菜売りが来たら新しい菜物を買っておこう。

そんな風に、セイは繕い物をしながら周囲へと気を配っていた。そこに、何かざらりと触れるものがある。
いつもとは違う人の気配に、セイはさりげなく周囲へと目を向けた。

総司の家は、周囲を板塀で囲ってある一軒家で、通りから家の中を覗き込むには相当、身長の高いものでなければ覗くことはできない。
だが、足元は格子状になっていて、風も抜けるし、通りを歩く人々の様子もなんとなくはわかるようになっている。奥まった場所に立っているとはいえ、全く人通りがないわけではないのだ。

その家の周りを、草履の足が何度か往復していた。覗き込むわけではないが、ゆったりと板塀に沿って往復しているらしい。

足元を見れば、相手が男で、おそらく二本差しであることはすぐにわかる。薄汚れていない足袋を履いている足が右に左にと動いていく。

―― 誰だろう。何の用だろうか

足の主に心当たりのないセイは、針を置いて、そっと立ち上がった。納戸から自分の刀袋を取ってくるが、急に腹の中の子の動きも激しくなって、腹に手を当てると軽く目を閉じた。

気のせいであればいい。
総司のいないこんな時に限って、おかしなことが起きてほしくはない。

「セイ?」

びくっと顔を上げたセイは、納戸の傍に刀袋を握りしめたまま寄り掛かっていた。昼の合間を縫って、様子を見に戻ってきた総司が驚いた顔をして土間から顔を見せていた。

「あ……、総司様。どうして」

そう言いながら、セイは先ほどの気配が離れていることに気が付いた。妙にざらざらする嫌な気配がすっかり離れていることにほっと息をつく。

「貴女こそ、そんなものを持ってどうしたんです?」

鋭く見咎められた刀袋に言い訳がきかないことはわかっていた。だが、総司に言えば、心配のあまりこの家に人を置くなり、屯所にずっといるようにと言い出しかねない。

セイは、何でもない事だとぺろりと舌を出して首をすくめた。

「せっかく総司様もいらっしゃらないから少し、刀と向き合って気持ちを落ち着けようと思ってたんです。そしたら、この子が暴れるから、治まるのを待って立ってたんです」

片手で腹を押さえたセイに、じっと総司は鋭い目を向けた。勘がいいのはセイだけではなくて、総司もわずかな異常も見逃しはしない。一瞬で、部屋の中を頭に入れると、セイの話があながち嘘でもないと判断したのだろう。刀を腰から抜いて部屋に上がった。

「だからって、普通、そんな姿の女子が刀を手に立っていたりしませんよ、まったく」

ふっと空気を緩めてセイの傍にくると、その手から刀袋を預かって、軽くセイの肩を抱いた。

「どうしたんです?そんな顔をして」
「え?私、なんか変な顔してます?」

慌てたセイが自分の頬に手を当てると、総司がくすっと笑った。

「わからないならいいんですよ。これ、置いてきますよ?」

総司は自分の刀を立てかけておいて、納戸へと入って行った。
この家の納戸には、空気を入れ替える為の小窓が表に向けて開いている。総司は、納戸に入るとセイの刀袋を持ったままで、すっとその窓を開いた。

総司が家に戻る間、あからさまに不審な人物とはすれ違わなかったはずだ。

なのに、この家の中には、いつもと違う空気があった。セイが何かに気を取られているのか、それとも何かがあったのか。
わからなかったが、いつもと何かが違ったことだけは確かで、総司はあたりに目を配った。

これといって不審な様子も見当たらなかったが、何か神経に触る。

「何かあったんでしょうかね」

小さく呟いて、総司は納戸を出た。

 

 

 

 

– 続く –