風天の嵐 2

〜はじめのつぶやき〜
かえってきましたよ~。お待たせしました。

BGM:Lady Gaga The Edge Of Glory
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「お戻りになるって思ってなかったから、なんのお支度もしてないんです」

恐縮するセイに、総司は首を振った。懐から、豆餅の包みを二つほど取り出すと、セイの手を引いて、それを手の上に乗せた。

「これ、買ってきましたから全然大丈夫ですよ。一緒にいただいちゃいましょうよ」

きちんとした昼餉の支度もなく、豆餅に漬物と茶でいいと言われて、申し訳なかったがどうにもできずセイは台所に立って膳を整えた。

「具合、よくないんですか?」

心配そうな顔を向ける総司に、セイは苦笑いを浮かべる。
妊婦であってもそうでなくても、日によって頭が重い日や腹具合が今一つな日もあるものだ。それをいちいち言い立てていたら医者も薬も、いくらあっても足りない。

「ちょっとお腹が張ってるだけです。こんな日もありますよ」
「なんだかすっかりお母さんですねぇ」

セイの落ち着いた受け答えに総司が感嘆を漏らす。セイに言わせれば、自分は母の記憶も少ないし、きちんとした武家の娘として育ったわけでもない。
至らないことばかりで、不安もたくさんあるのだが、日々が忙しくてあまり考えられないだけなのだ。

本当は具合の悪さも、自分自身になればどこまでが大丈夫でどこからが駄目なのか、判断が付きにくい。つい心配で見誤りそうになる。

「……そんなことはないです」

結局、曖昧に笑ったセイは、茶を入れて総司の前に差し出した。
二つの包みはそれぞれ種類の違う豆餅で、朝方ついたばかりなのだろう。まだほんのり温かみが残っていて、餅の良い香りがする。

「これなら貴女が少ししか食べられなくてもお腹が空かないかなぁと思って。それに、こっちのヨモギの方は小豆で少し甘くて、こちらの豆の方は少ししょっぱいので、飽きたら違う味が食べられますよ?」

にこにこと笑う総司の顔をみて、セイが嬉しそうに微笑んだ。お腹が大きくなって以来、以前のように好き好きに二人で甘味を食べに行くこともできにくくて、食べることが楽しみの一つだったセイが随分不自由していることを総司はよく知っていた。
屯所にいて、仕事のついでに何か買い求めてくることもこのところのお供付きでは自由にならず、こういうものを口にするのも減っている。
それだけに、折りに触れてこうして何かしら買ってきてくれる。

セイも総司に食べさせるものだけは切らさないように心掛けてはいるが、それでも時にはままならない事があるだけに随分助かっていた。

「総司様のおすすめはどちらですか?」

味をわかっているというならすでに総司は食べているのだろう。セイが感想を聞いてみると総司は腕を組んで難しい顔になった。

「うーん。難しいですねぇ、それ。おすすめかぁ。甘い方は、小豆の甘さをヨモギの風味が程よくしてくれていて食べやすいですし、しょっぱい方もほどいよい塩気が聞いていて、この豆の触感と相まって何とも言えずあっという間に食べちゃうんですよねぇ」

くすくすと笑い出したセイは少し考えてから甘い方を手に取った。

「じゃあ、こちら。先に頂きますね」
「ええ。この豆のところがねぇ」

総司がどちらかを決められなかったのに、セイがヨモギと小豆の方を手にしたので、総司が不思議そうな顔で頷いた。
セイにとってはとても簡単なことで、ぱくっと口にする。柔らかくて総司の言う通りおいしい。

「美味しい」
「でしょう?」

嬉しそうに総司がいいながらヨモギの方へと手を伸ばす。ぱくっと食べる一口がセイよりもはるかに大きくてあっという間に一つが口に消えてしまう。すぐに次の餅の手を伸ばした。

「ふふ。やっぱり」
「ん?」

口に頬張った総司が口の周りに、餅についた粉を付けてセイに聞き返す。手を伸ばしたセイが指先で粉を拭う。

「総司様、ヨモギのほうがお好きだから先にこちらを頂きました。お豆の方もお好きでしょうけど、こっちの方がお好きでしょう?」

半分くらいまで食べたセイは皿の上に置いた。今度は豆の方へと手を伸ばす。
こちらは本当に豆の食感が美味しくて、塩気がちょうどいい。

「こっちも美味しいです」
「良かった」

セイの顔が先ほどとは打って変わっていつものほぐれた顔になったことに総司はほっとした。それでもやはり大きな餅は食べきれないのか、どちらも半分ほどで音をあげてしまった。

「先生、残りでもよかったら召し上がります?」
「もう食べないんです?」
「ええ。なんだかすぐお腹がいっぱいになっちゃって」

比較的安定してきた時期ではあるが、逆に赤子の方が育ってくると他の内臓を圧迫するようになるので、一度に少ししか食べられなくなってくる。

「大丈夫なんですか?」
「ええ。美味しかったです」

満足そうな顔をしたセイに、にこりと微笑みかけると総司は残った餅を平らげた。

「隊の方は抜けてきて大丈夫だったんですか?」
「ええ。山口さんと斉藤さんに頼んできました。少しくらいは大丈夫ですよ。うちの巡察は朝一番でしたし」

―― でも、もうそろそろ帰らないと

頷いたセイは、立ち上がると土間に下りて総司の草履をそろえ直す。総司は刀を手にして腰に差した。玄関先で振り返った総司は先程の違和感をまだ覚えていた。

草履を履いた総司は送り出しに出てきたセイを振り返った。

「セイ」
「はい?」
「大丈夫ですか?本当に……」

総司の言わんとすることを理解したセイは、わざと気づかないふりでにこりと頷いた。

「大丈夫ですよ。これでも新撰組の隊医ですよ?」
「だから心配なんです」
「本当に大丈夫ですってば」

無理はしないというセイにまだ何かを言いたかったかが、仕方なく総司はセイの肩に手をおいてから名残惜しそうに出て行った。総司を送り出すと、草履を履いて家と家を囲む塀の周りを少しだけ歩く。周囲の気配を探りながら歩くと、いつもの町の様子で何も特に変わった気配はないように思えた。

―― でも今日はきっと家から出ない方がいい

セイの勘は年々磨かれて、滅多に外れることはない。
まさか自分までも嵐に巻き込まれていくとは思っていなかったから、今はまだ、セイは知らなかった。

 

– 続く –