風天の嵐 15

〜はじめのつぶやき〜
あらら。先生どうするんでしょうね?

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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「どういうことだ?」
「このまま隊の幹部である神谷さん、この新選組の身内である者が攫われたからと言って、捜索を強化するのはおかしいでしょう。神谷さんは私が探します」

じろりと土方は総司を睨んだ。

「俺は言ったはずだ。神谷を探すのはお前の嫁としてじゃねぇ。あいつは隊の幹部でもあるからだってな」
「ええ、わかっています。それでも神谷さんを探すのは、他の誰でもない。私の仕事です」

まっすぐに伸びた背中に総司の決意があった。それを見て取った土方は手元にあった調べの終わった資料屁と視線を落とした。
軽く目を閉じた口元がふ、と動いた。

「通常の、と言ったな」
「ええ。治安維持のために巡察を増やされていることにまで減らせとは言いません」
「よし。わかった。お前にはたった今から通常の隊務を離れて特命を言い渡す。神谷を探し出せ。何があっても、だ」

ばさりとすべての資料を総司の目の前に放り出した土方に、総司が口を開きかけて軽く動かしたものの、結局何も言わずに頷いた。目の前に広げられた資料を集めると総司は立ち上がった。

「神谷さんのいた診療所の小部屋を使わせていただきます」
「わかった。何か報告があるときは文机の上に置いておけ。俺も日に一度は誰かを見に行かせる。それから、山崎は使っていいぞ」
「……土方さん」

総司の好きなようにやらせてやろうという土方の心づもりに総司はこみ上げるものを感じた。だが、今は少しでも時間を無駄にしたくはない。頷くと大股に歩き出した総司の背中に今度は土方が口を開いたが、何も言わずに見送った。

 

夜があけて朝になると廊下の灯りを消しに男が現れた。変わりに次々と顔を洗うための盥が運び込まれる。女達はその物音でゆるゆると起き出し始めた。

セイはその音を聞いてぱちりと目を開いた。まだ横になったままで様子を伺うと、女達はすでにもうその習慣に慣れ始めていて、差し入れられた水桶で顔を洗い、着物を整えているようだった。セイは昨夜そのままで横になったのだが、どうやら着替えも用意されているらしかった。

「順番に厠へ連れていく」

男の一人がそういうと奥から順番に座敷牢の扉が開けられて一人ずつ連れ出されていく。セイはさりげなくその女達の顔と様子を伺った。四名ほど捕えられているらしい。最後にもっとも手前の座敷牢に入れられたセイの順番が来た。

「厠へ行かないのか」

問いかけの言葉には、意外なことに体調への気遣いが感じられた。セイは顔を上げると、中を覗き込んでいる男を見て、ゆっくりと起き上がった。

「行きます」
「ならば、ゆっくりでいい。こちらへ」

決してセイを急がせることなく、ゆっくりとセイが出てくるのを待って厠へと連れて行かれた。前後を囲んでいる男達がいては、確かに身動きが取れな い。セイが連れてこられたのとは逆の、両脇を板壁に囲まれた廊下を歩いて厠へと入るとセイはあたりの様子を伺いながらゆっくりと用を足した。

厠には小窓がついてはいたが、とても逃げられるようなものではなかった。ただ、どこを見ても凝った造りでなまじの家ではないことがわかる。武家の、かなりな敷地を持った家のように思えた。

厠を出ると、再び座敷牢へと戻された。しかし、それもゆっくりとしてセイを気遣っている。

「具合が悪いなら」
「いいえ。大丈夫です。それよりも何のために私を、私達を攫ったんです?」
「……必要があれば連れ出しに来る」

それ以上は何も答える気はないというのがありありとした態度にセイは再び黙り込んだ。女達の出入りの時からずっと様子を見ていたセイは、戸口の開け閉めに使われている鍵は同じものだということが分かった。

―― 鍵は一つ。でも外へ出るには昨日連れてこられたところしかないなら遠い……

セイは昨日、ここまで辿った順番を想い描いた。

「じきに朝餉を運んでくる。大人しくしていれば危害を加えない」

男はそういうと、セイを座敷牢へと再び戻すと男達が去って行った。何かを聞き出そうとするセイに、捉えられている女達は皆、背を向けた。

「あの」
「おやめください」
「はる殿、どうしてですか?!」

格子に顔を近づけたセイは、向かいの部屋にいるはるに呼びかけた。しかし、広げられた布団を寄せたはるはセイに背を向けた。そして、ほんのわずかセイの方へと振り返った。

「貴女様がどなたか私達は存じません。そして貴女が助け手ではないことも。ですから貴女にお話しする義理はございませんわ。ここにいる限り、私達は身の安全だけは守られます」
「そんな!皆様、お戻りになりたいのではありませんか?!私は新選組の隊士、おき……神谷セイです!どうかお話し下さい」

セイの声には答えることなく皆、一言も言葉を発することなく背を向けた。
セイは格子を握りしめて、セイは眉を顰めた。皆がなぜ頑なに状況を離そうとしないのかわからないセイは唇を噛み締めた。このままでは、駄目だと思う。何か手がかりを掴まなければ。

焦りにも似た思いがセイを締め付けた。そんなセイの前にも膳が運ばれてくる。高価な器に盛られたものは朝餉というのに、卵に干物までついていて、屯所であれば夕餉でもおかしくはない。
ここに連れてこられた者達の家がそう悪くない事を考えたとしても豪勢だと言えた。

「ゆっくりで構わぬ。特にすることがあるわけではない」

皆それを当たり前のように受け取ると、ゆっくりと膳に向い始めた。セイ達を捕えた者達の意図がわからなくてセイは、その膳を前に深く考え込んでいた。

 

 

「随分、生きのいい女が来たそうだな」
「は。あの娘ならば子を産んだ後も殿のお気に召すかと思われます」

セイ達を連れてきて、監視している男達を取りまとめている男が薄暗い部屋の中で頭を下げる。部屋の主はふむ、と目の前に広げていた読み物から顔を上げた。
その先には、部屋の主とは別に、もう一人。

「ほほ。殿のお気に召す女ならば、余計に都合がよい。あの女を餌に、少し新選組とやらを大人しくさせてくださいな」

―― 彼らがいては動きにくいでしょう?

顔を隠した落ち着いた声の主は、懐から金子を袱紗に包んだものを取り出した。

「貴方様ももちろん出ていただきますが、これがあれば不逞浪士を動かすことなど造作もないでしょう」

切り餅一つが包まれた袱紗を、男は手に取ると金子だけを抜き去って袱紗を放り出した。彼らにとって重要なのは袱紗よりその中身である。

「まずはいかがしましょうか?」
「不逞浪士を使って事件を起こさせてくださいな。それに、その女の連れ合いにも一つ釘を刺していただけるとなおいいでしょう」

殿と呼ばれた男がこの屋敷の主であることはわかったが、もう一人の者が何者なのか。

 

– 続く –