風天の嵐 14

〜はじめのつぶやき〜
先生生真面目だから。

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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お藤から話を聞いた後、井筒屋を出た総司はしばらく市中を彷徨っていた。
お藤が攫われたという料亭にも足を運んでみたがそれらしいものの姿は見かけていても一見の客で、それがどこの誰かまではわからなかった。

正直に言えば途方に暮れているといってもおかしくなかった。
お藤は随分はっきりと覚えていて、話をしてくれたと思う。だが手掛かりになりそうなことと言えば座敷牢があるほどの大きな屋敷に連れて行かれた事と寮のような別荘を持っているということだろう。それくらいならば、揃いの覆面に身を包んだ武士の一団だけでも想像に難くない。

二条城から屯所に向かって歩いているはずが小さな寺社が立ち並ぶあたりで総司はぐるぐると同じ場所を歩き回り、参拝をすれば良い知恵でも浮かぶかと山王社へと足を向けた。

人気の少ない境内で手を合わせると、ますます総司の物思いは深くなってじっと本尊のあたりを見上げたまま身動きが出来なくなってしまった。

今まで総司にとって、近藤だけが唯一の主でセイと一緒になってからもそれは同じだと思えた。近藤とセイとでは全くその存在が違う。だのに、今初めて総司は心のどこかでセイと一緒になったことを後悔していた。

やはり自分は妻など持つべきではなかったのだと。

セイも赤子も今いなくなったら、自分自身がどうなるかもわからないくらい大切過ぎて、これほどまでに囚われた自分など許せないと思う。まして今はセイを探すために隊を挙げての捜索が行われている。それさえも本来の隊務に支障をきたしていると総司は思っていた。

矛盾する感情だが、大切だと思う気持ちと、隊務をまっとうする武士としての気持ちと、すべてが混とんとして総司を悩ませていた。

どのくらいたったかわからないくらい後になって、のろのろと振り返った先で老婆が足をもつれさせて危うく転びかけた。反射的に手を差し伸べた総司の腕に掴まって老婆が何とか立ち上がった。

「まあ、申し訳もございません。年寄りになりますとこのように足元が心細くなりますの」

よろめいたというのに、明るく可愛らしい顔の老婆が悪戯っぽい顔で微笑んだ。つられた総司もほ、と微笑を浮かべる。

「怪我がなくて何よりです。手をお貸ししましょうか」

きちんとした身なりの老婆が独り歩きということで総司は老婆が参拝するのを見届けると、送ることを買って出た。そんな暇があるかと言われればないのだが、それでも放っておけないような人好きのする老婆だった。

「ご丁寧にありがとうございます。故あってお家の名は申せませんが、たかと申しますの」
「私は沖田総司と申します」

にこにこと頷いたたかを伴って、総司は歩き出した。境内にほど近いところで、一旦休むことにして茶店で茶と団子を頼むと、たかは総司の顔をみてにっこりと微笑んだ。

「沖田殿は、随分長いことお参りしていらっしゃいましたわねぇ。何かに迷っていらっしゃる?」
「えっ……」
「ふふ。年寄りというものはこういうものですよ。長く生きている分だけいろんなことを知っているんですよ?」

総司は迷っているわけではないが、今はいろいろな感情が入り混じってどうしていいのかわからなくなっていたことだけは確かだった。

「迷うこともよいことですよ。お若いうちはたくさん迷うとよいですよ」
「そうでしょうか……。私はこのままでは大切なものをすべてなくしてしまいそうで……」

弱々しい声で初めて総司は弱音を吐いた。皆が総司を気にかければかけるほど、どこにも行き場を無くした不安を初めてであった老婆に対してだからこそか、ほろりと総司は漏らした。

「殿方は守るものがたくさんありますから大変でしょうね。そんな時は一つ一つことをかたずけて行けばよいのですよ」
「それはわかっているんです。わかってはいるのですが、今はどれも選べなくてまるでとってのない戸の前にいるような気がして身動きが取れなくなってしまいました」

運ばれてきた茶に手をのばしたたかは、両手で茶碗を包み込むように持つと、旨そうに口に含んだ。

「選ばなくても流れの方が向こうからやってきますよ。無理に流れに逆らってもどうしようもない時は、力を抜いてごらんなさい?見えなかったものも見えてまいりますよ」

たかの言葉は、不思議と呪縛のように総司を張りつめていたものから解放して、その肩から力が抜けた。総司の中で何かがすとん、と腑に落ちてくる。
お藤は、少なくとも大事にはされたと言っていた。その身に危険が迫ることもなく、過ごすことが出来るならば産み月までは間があるセイも無事だろう。

ならば自分はどうすればいい?
何ができる?

「……そうか」

呟いた総司にたかはにっこりと笑って自分の団子もお食べなさいと差し出した。

「美味しいものを頂くと、知恵もよく回るものですよ」
「ごもっともです。いただきます!」

真剣な顔で総司は団子を平らげた。一つ食べるたびに、セイと一緒に食べた団子を思い出す。傍にいて、ただその顔を眺めているだけでも団子の味が一味もふた味も違う気がした。

「なんて私は大馬鹿者で未熟者だったんだろう……!」
「まあまあ、当り前のことを。沖田殿くらいのお年で何もかもわかっていたら私達年寄りは立つ瀬がありませんよ?」

ほほ、と茶を飲みながら笑ったたかに、総司は礼を言った。茶代を支払ってたかを家まで送ろうとしたが、駕籠屋を見つけると、たかはここでいいと言った。

「こんな年寄りの足ではいつになったら帰りつけるかわかりませんからね。さっさと駕籠屋さんに私を運んでいただきますよ」
「そうですか。それではお気をつけて」
「どうもありがとう。こんな年寄りの話し相手になってくださって。とても楽しかったですよ」

礼を言われた総司は首を振った。本当に礼を言うのはこちらの方だと思ったのだ。

「私の方こそおかげさまで霧が晴れたようです。どうもありがとうございました」

深々と頭を下げた総司はたかを見送ると、屯所へと歩き始めた。

 

屯所に戻った総司は土方の元へと報告に向かった。皆が総司の顔を見ると心配そうな視線を向けてくるが、手掛かりがないということを言わせてはと声をかける者は少なかった。

「総司です。戻りました」
「おお。何かわかったか」
「井筒屋のお藤さんが会ってくれて話を聞かせてくれました」

障子を開けて中に入りながら話し始めた総司に土方が驚いて顔を向けた。これまでどの家でも、事態が事態だけに本人が会って話をしてくれたことなどなかったのだ。

土方の目の前に座った総司は書きとめた帳面を見ながら次々と報告を始めた。難しい顔をして「土方がそれを聞き入っている。

一通り話し終えると土方は何かを考え込んでいたが市中の地図取り出してしばらく眺めていた。
黙って待っていた総司は、口を開いた。

「土方副長、お願いがあります」
「んー、なんだ」
「神谷さんの捜索のための編成を解いて、通常の隊務に戻してください」
「あぁ?!何言ってんだ、お前」

総司の言葉に驚いた土方は地図から顔を上げた。総司は妙に落ち着いた顔で繰り返した。

「もちろん、この人攫いについて市中の見回りは強化しますが、捜索に関しては通常通りの隊制に戻してください」

驚く土方に向かって総司はまっすぐに目を向けた。

 

 

– 続く –