風天の嵐 20

〜はじめのつぶやき〜
一応読み直したぞ。

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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もう何日が過ぎただろう。
その経過も怪しくなるくらい、毎日が同じ日々の繰り返しでセイはこのまま麻痺してしまいそうな感覚を恐れていた。四人の女達は、あれほど頑なだったにもかかわらず、徐々に身の上をぽつり、ぽつりと口にするようになっていた。

セイの目の前の座敷牢におはる、セイの隣の座敷牢には遠野家に仕える室尾孝三郎の妻女、のぶである。その向こうが海鮮問屋の娘で身重のために実家に戻っていたかな、最後がセイの正反対の隅の部屋、吉村主計の妻、万寿である。

初めに来た夜からずっとすすり泣いていたのは、かなである。皆、産み月まで同じようなものだけに、互いの不安な心持はよくわかるが、特にかなはその嘆き様がひどかった。かなの嫁ぎ相手は自分の父よりも年上の同業の者で、実家の困窮のための婚姻であった。

父よりも上の顔も見たことのない男の者となり、嘆く日々の最中、子が出来たとわかった時のかなは絶望的な気持ちになった。子が出来てしまえば、離縁 することも叶わなくなる。しかも、艶福家の夫はかなに子が出来た途端、実家に里帰りさせてしまい、その間、花街に足しげく通うようになっていた。

どれほど慰められてもどうしようもない事に嘆き悲しんでいたかなの気を少しでも晴らそうと、術者である高村ぎんの元へと家の者が連れて行ったことがきっかけとなった。一番、出産間近なのもかなである。

「いつになったら私を帰してくださるのかしら……」

不安でいっぱいの皆は、かなが何を嘆いても聞き流すような空気が生まれていた。皆が不安だというのに、それをさらに煽るように嘆き続けるかなの相手をしていると、自分達も不安になってしまうからだ。
唯一、セイだけはかなに向けて語り続けていた。

「大丈夫ですよ。かなさん、新選組が探索に回っています。いずれ必ず見つけてもらえるはずです」
「そんなの……!一体、いつになるかなんてわからないじゃありませんか」
「そんなことはないですよ。必ず来ます。必ず」

セイが力強く答えてもかなにはその自信はわからなかった。疲弊した心には誰かを信じるということが出来なくなっていたのだ。

「しっ。神谷様、お静かに」

向かい側のはるが声を潜めてセイへと警告を送ってきて、セイははっと出入りのある廊下の方へと格子の隙間から覗き込んだ。
無口な、とよという女が男達と共にやってきて、一番奥の部屋にいるかなを連れ出した。昼や風呂の時間でもないのに現れた彼らに、女達は恐ろしいものでも見るような顔で様子を伺っていた。

それがなんなのかわからないセイは、格子に張り付いて懸命にその様子を覗き込んだ。

「いやぁぁぁ!!もういや!帰して!帰らせてっ」

興奮し暴れるかなの腕を掴んで男達が引きずるように、座敷牢から連れ出して、他の座敷牢の前を開連れて行くところに向かってセイは怒鳴った。

「おやめなさい!その方の様子がわからないわけではないでしょう?!手を離して!乱暴は止めてください!かなさん!しっかりして」

興奮するかなは宥めようとするセイの声も聞かず、身を捩ってどうにか逃れようとしていた。それをとよが黙って後ろから眺めていると、その興奮が誘発させたのか、暴れていたかながぴたりと動きを止めた。足が震え、驚いた顔を上に向けたかなが崩れるようにしゃがみこむ。

「かなさん?!」
「あ……っ、嘘っ!!」

腹を押さえてしゃがみこんだかなにセイは呼びかけた。両脇からかなの腕を掴んでいた男達もかなの様子に引きずることを止めて、その場に屈みこんだ。
かなの様子を見れば産気づいたのだとすぐわかる。男達が後ろを振り返るととよが頷いたのを見て、男の一人がカナを横抱きに抱え上げた。

「かなさん!!」

叫ぶセイを無視して男達は足早にかなをつれて廊下の向こうへと去って行った。セイは格子の隙間から何とかできないかと顔をねじ込んでいたが、どうしようもないとわかると、苦渋の思いで格子を掴んでいた手を離した。そして、向かい側にいるはるへと問いかける。

「かなさんは……、どこへ連れていかれたんですか?」
「さあ……。私達にはわかりませんが、屋敷のどこかにある産室へとつれていかれたのでしょう。きっともう戻っては来られないでしょうね」
「どういうことですか?!」

はるが腹に手をあてて、腹の子に言い聞かせるように答えた。
掴まってから二人の女が同じように連れ出された。一人は、座敷牢で産気づいてから、一人はその前にかなと同じようにつれだされたまま、二度と帰っては来なかった。
翌日になって、女がいた座敷牢の中の物がすべて持ち出され、同じように真新しいものと取り換えられるのをみて、何があったのかはわからなくても、女達がその部屋に戻ることはないことだけはわかった。

「そんな……」

ぽつりと口元を押さえて呟いたセイは、それでも彼女達が無事で、逃げおおせた者達なのだという事を思い出した。無事に逃げ出したものは四名いたはずだ。

「あの!ここに掴まっていた方々は何名いらっしゃいました?!」
「私が知る限り……、ここにいる皆様方のほかにお二方ほど」

はるが怪訝な顔で答えると、セイの隣の部屋にいるはずの、のぶが格子の隙間から手を覗かせた。攫われた女達の中で最も身分が低いともいえそうな身で、誰かが探しにくることなどはなから諦めた口調で、今の方がよほどよいと言っていたくらいである。

「あの、はる様より前にもう一方、いらっしゃいましたよ。かなさんと同じように嘆いてばかりの方でしたけど。お家は名家だったみたいでお育ちもよいお方らしかったですけどね」

その声には、恵まれた身をうらやむような声音だった。セイは、すでに聞き出した皆の攫われた順を考えると、ここにいない者達は皆、逃げ出していることだけはわかった。

「絶対に機会はあります!」

セイは悪戯に喜ばせるようなことは避けたが、それだけは皆に伝えたかった。自分も、この腹の赤子も絶対に無事に総司の元へと戻って見せる。セイは密かに帯に隠して持ち込んだ糸切りばさみを広げた布団の下に隠していた。

 

 

総司が泉州家を訪ねている間に斉藤は密かに副長室へと戻っていた。

「副長。あたりを付けられたのはどの家ですかな?」
「お前はどうなんだ?」

本当なら今頃、土方が渡した書付の家を調べているはずだった。だが、斉藤は今、土方の目の前にいる。斉藤が出戻ったことに疑問を抱かない土方に、こちらも当り前のように応える。

「あの書付といってもすべての家ではないでしょう。ほかは目くらまし、とでも」
「お前……、本当に食えないやつだな」

そういいながらも肩を竦めただけで、土方は文机に戻った。その態度が目当ての家があるのだと言っているようだった。
斉藤が渡された書付にはどの家も名家ばかりで、しかもしかるべき身分の者ばかりであった。
どの家にせよ、新選組がただ探りを入れるには敷居が高すぎる。だからこそ斉藤にその任を任せたのだろうが、土方はとうに目当ての家があるように思えた。

「私も無駄な仕事に費やす時間は避けたいので。あれに関しては、皆が普通でないこともすでに十分ご存知かと思いますが?」

セイの事に関して言えば、皆が普通ではなくなるのだから、さっさと教えろという斉藤に土方が呆れた顔で振り返った。

「お前、堂々とそういうことを口にするな。仮にもあいつは総司の嫁になったんだぞ?」
「だとしても、あれが私の弟……いや、妹分であることに変わりはございません。副長こそ、いつの間に調べていらっしゃったのか伺わせていただきたいところですな」

人の事を言うには、土方も相応の裏を取って動いているはずで、それを調べた時間は普通の隊務のほかにどこの時間で調べたのかと言い返した斉藤に土方が腕を組んだ。

 

 

– 続く –