風天の嵐 21

〜はじめのつぶやき〜
量産はきついなぁ

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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「俺が考えているのは」

斉藤にくいっと指で示して書付を出せと言う。斉藤が懐から書付を取り出すと、土方は斉藤の手にある書付をとん、と指で指した。

「これだ」
「!本気ですか?」
「ああ」

土方の指示した家の名前に斉藤は驚いた。名家どころの話ではない。なにせ、今の当主は宮家の縁戚を妻にしている。
斉藤は、土方の気が違ったのかと思わず考え込んだ。その家ならば、新選組が手を出せるどころか、関わりを持つことさえ難しい。
真顔で土方と対した斉藤は、わかっているはずの懸念を口にした。

「副長」
「なんだ」
「本気ですか。あの家だとすれば、もし間違った場合、我々どころか局長を含め、会津公さえ咎が及びかねません」
「だな」

平然と頷いた土方に呆れるのを通り越して斉藤は、一番この男こそが本気で怒っているのではないかと思い始めた。総司はわかりやすいが、こうして目に つかない方が余計に深く怒っている気がする。斉藤に咎めるようなことを言ったくせに弟分とその嫁としてだけでなく、セイを気に入っているのは土方も一緒 じゃないかと思う。

くしゃっと書付を握りつぶした斉藤は、火鉢へと握りつぶした書付を放り込んだ。あっという間に燃え上がって炭になったそれを火箸で粉々にしてしまうと、斉藤は座りなおした。

「では、聞かせていただきましょうか」
「あん?」
「副長の腹にはもう算段が付いているご様子ですので」

にやりと笑った土方の顔は意地の悪い策士の顔で、これなら地獄の鬼も裸足で逃げ出すのではないかと斉藤は考えていた。

 

 

 

多くの話を聞いた総司は、泉州家を辞した後、考え事をしながら屯所へと向かっていた。問題の術者との連絡が取れるという町屋まで足を延ばしてみたかったが、うかつに近づけば警戒されかねない。

そう思うと、町屋に向かっては屯所に戻りと総司の足は迷いに迷っていた。結局のところ、屯所へ帰ることに決めた総司は、後ろ髪をひかれながらも件の町屋があるという方向に背を向けて歩き出していた。

京の町中では通り庭のような荷車も通れないような細い小道が縦横に走っていた。屯所へ急いだ総司はそんな小道の一つを歩いていると、人が二人並んだら追い越せないくらいの処を立ち止まっている者がいた。

「すみません」

声をかけて総司がその脇を通り過ぎると、二人の武士は無作法にも総司を頭の先からじろじろと眺めた。新選組の者であれば、この程度の事はよくあるこ とと言っても過言ではないために、気にせずに軽い会釈をして通り過ぎた総司はその先でさらに右に折れる小道から大通りへと進んだ。

右に折れたところで総司はもうすぐ大通りに出る手前で、前後を人影に阻まれた。狭い道だけに警戒は怠らないが、刀を抜き合わせられるような場所ではない。左足を引いて背後の人影にも注意を払いながら誰何する。

「どなたです?私に何か御用ですか?」
「新選組、沖田総司殿とお見受けする」

その武士らしい口調に総司は、すうっと目を細めた。相手がいつもの様な不逞浪士ならば呼び捨てにするし、こんな小道で総司に向かってきたりはしないだろう。
そして、まっとうな武士言葉を話す者で今、新選組の者へと話しかけてくるなら、今回の関係者である可能性が高い。

「確かに私は沖田ですけど、貴方方は?」

極力、目から鋭い光を消したまま前後を囲む男達へ視線を走らせた総司に相手は互いに頷き合った後、総司に向かって覆面のままくぐもった声で告げた。

「巡察を減らし、余計な動きは控える方がいいぞ」
「それは……貴方方の動きに邪魔だから、という理解であっていますか?誤解があってはいけませんからね」
「余計なことは考えるな。お前も妻女の安全を思うなら」

一切の探索を止めろ、と。

男は最後まで言うことが出来なかった。狭い小道では自分たちも同じだが、刀を抜くことなどできないだろうと思ったのだが、総司には通用しなかった。総司が動いた、と男が思った時には喉元に小柄を突き付けられていた。

「あの人を捕えているのは貴方方ですか」
「う、うう……」
「答えなさい!!」

一瞬、男の視界の隅で動いた総司の腕が男の覆面を切り裂いた。片腕で胸元を掴みあげて総司が迫ると、綺麗に結い上げた月代に、怯えた表情の男は覆面 と共に喉元の皮一枚を切られて、すっかり怯えていた。実践などほとんどない彼らには、戦いに慣れた総司の動きに追いつけるはずもない。

「い、いいのか。女がどうなっても!」

なけなしの気力を振り絞って、男が逃れようと総司に掴まれた胸元を引っ張ると、総司の顔に酷薄な笑みが浮かんだ。

「貴方が一人であれば私も手荒なことはしませんけどね?もう一方、私の後ろにもいらっしゃるようですし?貴方一人くらい、どうなってもあの人の事がわかれば構いませんよ」
「ひっ……」

総司の背後にいた男が怯えた声を上げて逃げ出していく。小さくあーあ、と総司が呟いた。男の胸元を掴んだ腕がさらに男を引っ張り上げる。

「同じ家中の方ではないんですか?ひどいですねぇ。貴方を置いて逃げてしまったようですよ。残念だな」

―― とことんまで貴方に、話したくなるようになってもらおうと思っていたのに

相変わらず笑みを浮かべた総司に、このままでは何をされるかわからないと思ったらしい。男は総司の手を振りほどこうとするのをやめて、ひきつった笑いを浮かべた。

「こ、殺すなら殺せばいい。だが、そうすれば妻女は戻ることはないだろう」
「どういうことです?」
「わ、あの女は見目もよく、気立てもよいらしいからな。後悔してからでは遅いぞ!」

止めのような男の言葉に総司の怒りが噴き出した。首元にあてていた小柄を少しだけ引いた総司は、男の襟首を締め上げた。

ぐえ、とくぐもった声が男から上がったが、最後の最後で男も武士だった。総司が小柄を握っている手を両手で掴むと、にやりと笑って自分の首筋に突き刺した。

「あっ!!何を!」
「これ……で、なにも……」

口から血を吹き出した男は掠れた声で最後の言葉を紡ぎかけて崩れ落ちた。総司は男の襟元から手を離すと、急いで懐から手拭を取り出して、男の首筋に宛がった。

「くそっ!!あの人は、攫った女子達はどこです?!貴方の家は?!おい!!!」

総司は怒鳴って男の肩口を強く揺さぶったがもうすでに男は事切れていた。もう一人の男はとうに逃げており、総司は唯一の手がかりを無くしてしまったと思った。

「くっそ……ぅっ!!」

男から手を離した総司は目の前の壁に向かって思いきり両腕を叩きつけた。
足元に転がる男の事切れた姿を前に唇を噛み締めた総司は、仕方なく男の持ち物を探り、何か手がかりになるものを探し始めた。

 

 

 

– 続く –